全社目標は、一度では部門に落ちない。——目標設定に「往復」が必要な理由
全社目標を部門に割り振る。この作業がうまくいかないとき、たいていは割り方の精度が疑われます。もっと丁寧に分解すればいい、と。でも、分解の問題ではないと思っています。
この記事の要点
- 全社から見える情報と、部門から見える情報は違う。だから一度では落ちない
- 部門目標は分解ではなく、上の期待と現場の実態を行き来させて決める
- その行き来が期初に集中すると時間が足りない。日常の対話は、行き来を前倒ししておく工程になる
なぜ、全社目標は一度で部門に落ちないのか?
見えている情報が、上と下で違うからです。
経営は、会社全体の数字と外の環境を見ています。市場がどう動くか、投資をどこに寄せるか。部門が見ているのは、いまの案件、いまの人員、来期に抜ける人まで含めた足元です。
同じ会社の話をしているのに、材料が違う。
だから経営が数字を決めて割り振っても、部門から見ると前提が抜けています。逆に部門の積み上げだけで作ると、会社として必要な水準に届かない。
一度で落ちないのは、誰かの精度が低いからではありません。持っている情報が違うからです。
では、どうやって部門目標を決めるのか?
上から期待を示して、部門が実態を返す。それを何度か行き来させて決めます。
経営が「この部門にはここを担ってほしい」と出す。部門が「いまの体制だとここまでです」「ここなら伸ばせます」と返す。その差を見て、投資を足すのか、他に寄せるのか、期待そのものを変えるのかを決める。
このとき、数字だけを渡しても行き来になりません。なぜその数字なのかがないと、部門は返しようがない。ここは目標数字の「目的」、答えられますか?に書いた話と重なります。
家の間取りを決めるのに近いんですよね。こういう家に住みたい、という要望がある。一方に、土地の形と予算と法規がある。建築士が一度図面を引いて、施主が見て、ここは要らない、ここは広げたい、と返す。そうやって決まっていきます。一発で確定する図面はありません。
行き来は手戻りではなく、工程です。
行き来のなかで、何を決めているのか?
会社として必要なことと、その部門が担えることの、接点です。
数字を分解しているわけではありません。決めているのは接点のほうです。
ここで必ず出てくるのが、「うちの部門は全社目標と関係ない」という反応です。落とし込みの現場で、いちばん詰まるところだと思います。
すべての部門目標が、全社の数値目標に直接つながる必要はありません。採用力を上げる。セキュリティを固める。売上には直結しませんが、事業を続けるためには要ります。
ただし、なぜ会社として今それをやるのかは、説明できる必要があります。
「関係ない」で終わらせると部門最適になります。「売上につながらないから価値がない」で切ると、必要な仕事が落ちます。どちらでもなく、会社の戦略のどこに効くのかを言葉にする。接点を決めるというのは、そういうことです。
なぜ、期初の目標設定はあれほど時間がかかるのか?
普段すり合っていない情報を、期初に一気に合わせようとするからです。
行き来が必要だとしても、期初に何度も部門長を集めて、持ち帰って、また集めて、とやっていると、それだけで一ヶ月が溶けます。
時間がかかっている理由は、行き来そのものではありません。ゼロから認識を合わせているからです。
会社がどこへ行きたいのかを、部門長が知らない。部門がいまどういう状態なのかを、経営が知らない。そこから始めると、行き来のうちの何回かは、ただの情報共有に消えます。
日常の対話は、目標設定に何をもたらすのか?
行き来を、期初の前に済ませておくことになります。
日頃から会社の方向を話していれば、期待を出された部門長は、その場で「うちはここを取りにいきます」と返せます。ゼロから議論しなくていい。
そう考えると、期初の目標設定は、新しく何かを決める場ではなくなります。日常の対話で合ってきたことを、文章にして合意する工程になる。
目標設定を期初のイベントとして扱っている会社ほど、期初が重くなります。日常の経営とマネジメントの延長として扱っている会社は、期初が軽い。これはMBOはなぜ形骸化するのかで書いた構造と同じで、期初だけ、期末だけ、と切り出した瞬間に回らなくなります。
コレドウは、この接続をどう支えるのか?
精密なツリーを完成させることより、あとから接続し直せる状態をつくります。
理想的な形は組みます。全社目標があって、部門目標があって、個人目標がある。この並びは用意する。
ただし、それをクリティカルパスにはしません。ツリーが完成しないと動けない状態にすると、期初がまるごと止まります。
接続が甘いところが残ったら、期中に調整する。そのための場を、あらかじめ決めておく。ともかく走れない、が一番よくないと思っています。
だから先に手を入れるのは、対話の場のほうです。細部まで一致していなくていい。少なくとも進む方角は揃っている。その状態で走り出して、期中に合わせ直す。
うまくいっている会社を見ていると、上が落とすというより、現場が拾いにきている感じがあります。方向が普段から共有されているので、自分の仕事をそこへ接続できる。
もっとも、それは本人の主体性だけの話ではありません。上が方向と期待を示す。本人が自分の役割を考える。対話して接続する。共同作業です。
僕らがやりたいのは、その行き来が続く状態をつくることだと思っています。
落とす側ではなく拾う側から見た続きを、目標を「落とす」組織と、「拾う」組織に書きました。