目標を「落とす」組織と、「拾う」組織——拾わせるなら、ズレを直す。それがマネジメントだと思う
目標のレビューをしていると、やたらレビューが楽な会社があります。
何をやるのかがちゃんと書いてある。それだけじゃなくて、会社が何を目指していて、そのなかで自分が何を担うのかまで、本人の言葉で書いてある。
こういう目標は、あまり直すところがありません。
逆に、上から渡された数字や言葉をそのまま目標シートに移したようなものは、かなり直すところが出てきます。書いてあること自体は間違っていない。でも、「なぜ自分がこれをやるのか」が見えないんですよね。
この違いを見ていると、目標がうまく回っている会社は、上からきれいに「落としている」というより、現場が自分で「拾えている」んじゃないかと思います。
この記事の要点
- 拾えているかどうかは、目標シートを見るとだいたい分かる。本人の言葉で、会社の方向と自分の役割がつながっている
- 拾える会社と拾えない会社の違いは一つではない。拾う場、日頃の対話、数字の背景まで渡しているか。いろいろある
- 本人に拾わせれば、必ずズレる。それを直すのがマネジメント。拾わせることと放任は違う
「拾えている」かどうかは、目標シートを見るとだいたい分かる
拾えている人の目標には、その人が出てきます。
会社の目標があって、部署の役割があって、そのなかで自分はここを担う。だからこれをやる。
このつながりが見える。
一方で、拾えていない目標は、上から渡されたものがそのまま置かれています。
「売上○円」
「新規○件」
「○○を推進する」
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
でも、なぜその人がそれを持つのか、どういう考えでそこに取り組むのかが見えない。目標を見ても、その人自身の仕事との接続がよく分からないんです。
そして、こういう違いは目標シートだけじゃなく、普段の仕事にも出ている気がします。
現場が主体的に動いている会社や、会社の考え方がよく浸透している会社は、目標も拾えていることが多い。
では、その違いは何なのか。
拾える会社と拾えない会社の違いは、一つじゃない
これは一個の要因では説明できないと思っています。
日頃からどれくらい対話しているかもある。
会社が目指していることを、数字だけではなく背景まで話しているかもある。
挑戦していいと思える空気があるかもしれない。
会社の考え方に共感できているか、自分ごととして捉えられているかも関係すると思います。
いろいろあります。
そのなかで、かなり分かりやすい違いの一つが、**「拾う場をつくっているか」**です。
方針を発表しただけでは、拾えない
全社方針を発表する会社はたくさんあります。
今期はこれをやります。
この数字を目指します。
この事業を伸ばします。
それを経営が説明する。
でも、そこで終わってしまうと、聞いた側は「分かりました」で終わります。
そこから、
「じゃあ、自分たちの部署では何ができるんだろう」
「この方向に対して、自分は何を担うんだろう」
と考えるところまでは進んでいない。
拾えている会社では、そこを話す場をつくっています。
全社方針や部門目標を聞いたあとに、自分たちなら何ができるのかを話す。
最初から答えを全部渡すのではなく、会社が向かいたい方向を材料にして、自分たちの役割を考える時間をつくるんです。
これは結構大きいと思います。
「自分で考えて目標を立ててください」と言われても、考える場すらなければ、いきなり目標シートの前で考えることになりますから。
日頃の対話が少ないと、期初だけでは埋まらない
もう一つ大きいと思うのが、普段のコミュニケーションです。
拾えている会社は、やっぱりコミュニケーション量が多い。
しかも、一部の階層だけじゃない。
経営と部門長。
部門長とマネージャー。
マネージャーとメンバー。
いろんな階層で普段から話している。
だから期初になって突然、「会社は今年こういう方向です」と言われるわけではありません。
それまでの会話の積み重ねがあるので、
「ああ、だから今年はこれをやるんだな」
とつながる。
逆に、普段ほとんど話していないのに、期初の一回だけで会社の方向を理解して、自分の役割まで考えてくださいと言っても、かなり難しいですよね。
これは全社目標は、一度では部門に落ちないで書いた話と同じです。行き来を期初に集中させると、時間が足りなくなる。
数字だけではなく、「なぜそうするのか」まで渡す
それから、渡している情報の中身です。
数字だけでは拾いにくいと思っています。
売上○円。
利益○円。
新規○社。
数字はもちろん必要です。
でも、それだけでは「会社がなぜそこを目指しているのか」は分かりません。
今、会社はどういう状態なのか。
何を変えたいのか。
なぜ今年はそこに力を入れるのか。
そういう話までつながっていると、初めて本人も、
「だったら自分はここで貢献できるかもしれない」
と考えられる。
僕は、人に話せるかどうかも一つの目安だと思っています。
自分の会社が何を目指しているのかを、誰かに自分の言葉で話せる。
それくらい理解できていれば、自分の仕事とも接続しやすくなります。
「もっと自分から拾って」と言っても、拾えるようにはならない
ここは結構重要だと思っています。
会社としては、
「もっと主体的に動いてほしい」
「自分で考えてほしい」
「会社の目標から自分の役割を考えてほしい」
と思うことがあります。
でも、それを本人に言うだけでは、たぶんあまり変わりません。
そもそも何を目指しているのかが十分に共有されていない。
普段の対話もない。
自分の役割を考える場もない。
その状態で「自分で拾って」と言われても、何を拾えばいいのか分からない。
主体性の問題に見えているものが、実は組織側の準備の問題であることもあると思います。
じゃあ、拾わせたら間違えないのか?
もちろん間違えます。
むしろ、本人に考えてもらうなら、拾い間違いは必ず起きます。
会社としてはそこまで求めていないのに、本人は重要だと思っている。
優先順位が違う。
やろうとしている範囲が広すぎる。
逆に、もっとやっていいのに小さく拾っている。
いろんなズレが出てきます。
でも、それでいいんだと思っています。
**それを直すのがマネジメントだからです。**
「そこは違うよ」
「こっちのほうが今は重要だよ」
「そこまでやる必要はないよ」
「そこはもっと任せたい」
本人が考えて持ってきたものに対して、マネージャーが返す。
拾わせるというのは、放任することではありません。
むしろ、自分で考えてもらうからこそ、上司との対話が必要になります。
「落とす」と「拾う」は、どちらかを選ぶ話ではない
だから、僕は「目標を落とすのは悪い」と思っているわけではありません。
会社は方向を示す必要があります。
部門として何を期待しているのかも伝える必要がある。
上から出すものは当然あります。
ただ、それを全部細かく割り切って、一人ひとりに配れば目標設定が終わるわけではない。
上が方向を示す。
本人がそこから自分の役割を拾う。
マネージャーと話す。
ずれていたら直す。
たぶん、実際の目標設定はこの往復なんだと思います。
そして、現場に主体的に動いてほしいのであれば、「もっと自分で考えて」と言うだけでは足りない。
拾えるだけの情報を渡す。
拾うための場をつくる。
日頃から対話する。
そして、拾い間違えたらちゃんと直す。
そこまで含めて、マネジメントなんじゃないでしょうか。
僕らが目標設定を支援するときも、精密な目標ツリーをつくることだけをゴールにはしていません。
最終的には、会社が向かいたい方向を見ながら、一人ひとりが「自分はここを担う」と考えられる状態をつくりたい。
上から落ちてくるのを待つ人を増やすより、自分から拾いにいける人が増えたほうが、組織は強いと思っています。