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評価運用

なぜ評価制度は「作っても回らない」のか——評価運用を定着させる設計

曽良 竜太 (コレドウ代表取締役)
なぜ評価制度は「作っても回らない」のか——評価運用を定着させる設計

「制度はあるのに回らない」現場で起きていること

評価制度は、たいていの会社にあります。等級があり、評価シートがあり、期初に目標を立て、期末に評価をつける。手順としては、ちゃんと整っています。

それなのに、現場では「回っている」という実感が薄い。評価のばらつきに不満が出る。面談は雑談で終わる。シートは期末にあわてて埋められ、そのまま提出されて終わる。手間はかかっているのに、人も組織も育った気がしない。

制度は動いているのに、成果が出ない。多くの会社が抱えているのは、この「やりっぱなし」の感覚です。作ることはできた。けれど、回すことができていない。

なぜ回らないのか——問題は「制度」ではなく「運用」にある

回らないと感じたとき、多くの会社は「制度の作り直し」に向かいます。等級を見直し、評価項目を組み替え、新しいタレントマネジメントの仕組みを導入する。制度に問題があるのだろう、という前提に立つわけです。

でも、作り直した制度も、しばらくするとまた回らなくなる。これを繰り返している会社は少なくありません。

本当のボトルネックは、制度の出来不出来ではありません。それをどう運用するかにあります。どれだけ精緻な制度を設計しても、期初に目標を立てて期末に評価するだけの「点」の運用になっていれば、結果は変わらない。制度は変えなくていい。変えるべきは、その間にある運用のほうです。

この記事では、評価制度そのものではなく、評価運用をどう定着させるかを扱います。

評価運用が崩れる3つの構造

運用が回らなくなるとき、現場では決まって同じことが起きています。大きく3つの構造に整理できます。

1つ目は、評価者の負荷とスキルに依存しすぎていること。評価の質は、評価者個人の力量に大きく左右されます。でも多くの現場で、評価者はトレーニングを受けないまま、通常業務に上乗せで評価を担っている。負荷は高く、スキルは標準化されていない。結果、評価エラー(印象に引きずられる、平均に寄せる)が起き、ばらつきへの不満につながります。

2つ目は、目標と評価の接続が切れていること。期初に立てた目標と、期末につける評価が、別物として動いてしまう。目標は立てたきり放置され、評価は評価で別の基準でつけられる。両者がつながっていないから、「何を頑張れば評価されるのか」が本人に見えません。(この「目標」そのものをどう設計するかは目標管理とは、評価のための作業じゃないで書きました。)

3つ目は、運用が「イベント化」して、日常と切れていること。評価が、期初と期末の年2回の行事になってしまっている。その間の数ヶ月、目標は日常業務から切り離されて存在しない。評価のための評価、提出のための面談になり、マネジメントの本流から外れていきます。(この「イベント化」については評価が「イベント化」する理由と、日常に戻す方法で詳しく書いています。)

この3つは別々の問題に見えて、根は一つにつながっています。

評価運用は「成立しないゲーム」になっている

少し角度を変えて、評価を「人が登っていくゲーム」として捉えてみます。

よくできたゲームは、誰に強制されなくてもプレイヤーが夢中で取り組みます。その裏側には、共通する設計があります。少し背伸びすれば届く目標が設定され、行動するたびに手応えがすぐ返り、続けるうちに自分の上達が見え、そして何より自分で選んで挑んでいるという感覚がある。この4つが噛み合ったとき、人は外から急かされなくても、自ら登っていきます。

評価運用も、本来はこれと同じ構造を持てるはずです。期初に少し背伸びした目標を立て、期中に手応えを確かめながら、達成へ向けて自分の意思で登っていく——うまく回っている評価とは、そういう「登りたくなる設計」になっています。

ところが多くの現場では、この設計が成立していません。

期初に目標を立てるところまでは、たいていの会社がやります。問題はその後です。期の途中、上司と目標について話す機会がほとんどない。やってみた手応えも返ってこない。自分が前に進めているのかどうかも分からない。そのまま数ヶ月が過ぎ、期末になって突然「評価」が下りてきます。

これは、ゲームに例えるとこういう状態です。『かまいたちの夜』のバッドエンドを思い出してください。道中で何の警告もないまま選択を重ね、ある分岐で突然、理不尽な結末を迎える。しかも、どの選択が分かれ目だったのかも知らされない。

ただ、ゲームならまだいい。リセットして、最初からやり直せるからです。どこで間違えたのかを探りながら、何度でも挑戦できる。あの理不尽さが許されるのは、やり直せるからにほかなりません。

評価には、それがありません。その期は二度と戻ってこない。理不尽な結末を下されたうえに、やり直すこともできない。そして、やり直しが効かないからこそ、道中で手応えを返し続けること——つまり期中の対話が、決定的に重要になります。

ここで効いているのは、評価の「つけ方」が悪いということではありません。期中の対話が欠けていることが、先ほどの4つの要素を順番に壊していく、という構造の問題です。

手応えが返ってこなければ(即時フィードバックの欠落)、自分が登れているのか分からなくなる(成長実感の喪失)。進捗が見えなければ、努力の方向を自分で調整することもできない。打つ手がない状態に置かれた人は、やがて「自分で選んで挑んでいる」感覚を失っていきます(自律性の崩壊)。そして努力のしようがなくなったとき、人のやる気は静かに消えます。(消えたやる気はやがて「不満」として表に出て、離職にもつながっていきます。詳しくは人事評価の不満は、なぜ「退職」につながるのかで書きました。)

「やらされ評価」と呼ばれるものの正体は、ここにあります。評価そのものへの拒否反応ではありません。評価する頃にはもう、人が登りたくなる設計が、すべて失われてしまっているのです。

だとすれば、打ち手の方向もはっきりします。評価制度をつくり直すことではなく、期中の対話を取り戻すこと。目標を題材に、「ここは良い」「これは違う」を、その都度すり合わせていくことです。

そして、この対話の積み重ねが、組織の文化をつくります。何が評価され、何がそうでないのか——その基準は、制度の文書を配って伝わるものではありません。目標をベースにした日々の対話のなかで「これは良かった」「ここはこうしてほしい」と具体的に交わされて、はじめて一人ひとりの体に入っていく。それが揃ったとき、組織の価値基準、つまり文化になります。評価が成立する組織とは、評価の仕組みが優れた組織ではなく、目標をめぐる対話が日常にあり、そこから基準が共有されている組織のことです。

「対話」をどこに置くか——定着のための見取り図

ここまでで、答えはほとんど出ています。評価運用が崩れる根は「期中の対話の欠如」にあり、解決は「対話を取り戻す」こと。あとは、その対話を現場のどこに置くか、という地図の問題です。打ち手は、大きく3つの接点に分かれます。

1つ目は、目標設定の時点で、対話で握ること。背伸びした目標は、一方的に与えても登りたくはなりません。期初の段階で、本人と対話しながら「少し背伸びすれば届く」ラインを一緒に握る。ここが、その後の運用すべての起点になります。(関連:目標が立てられない会社の人は、毎日なにを目指して働いているのか

2つ目は、期中に、手応えを返す接点を置くこと。評価運用の成否を分けるのは、ここです。月に一度でも、目標について手応えを返し、進捗を可視化し、方向を一緒に調整する場を持つ。1on1や中間面談は、そのための接点にあたります。(関連:200社で唯一「評価に課題はない」と言い切った会社の、たった一つの共通点

3つ目は、評価者を、基準を伝える担い手にすること。対話を通じて「何が良くて何が違うのか」を伝えるのは、評価者の役割です。評価者を、評価を「つける人」ではなく、基準を「伝える人」として育てる。ここが標準化されると、評価のばらつきも自然と収まっていきます。(関連:研修が現場で定着しない理由

この3つが揃うと、「目標 → 対話 → 基準の共有 → 文化」という一周が、ようやく回り始めます。点だった運用が、線になります。なお、これらの運用を仕組みで支えるなら、ツールという選択肢もあります(目標管理ツールを比較するとき、僕がスペック表より先に見ていること)。研修・制度コンサル・ツール・伴走支援のどれを頼るかという“支援サービスの選び方”は評価運用の支援サービスの選び方に整理しました。

「やりっぱなし」を超える運用へ

評価が回らないのは、制度が悪いからではありません。期初と期末をつなぐ、期中の運用が抜け落ちているからです。そしてその運用の中心にあるのは、特別な仕組みではなく、目標をめぐる対話でした。

制度をつくることは、スタートにすぎません。それを回し、現場に定着させ、文化にまで育てて初めて、評価は人と組織を育てる。作って終わりにしない——マネジメント改革を、やりっぱなしで終わらせない。評価運用とは、その最後のひと続きを引き受ける営みのことです。(そもそも“運用に載らない制度”を作らない・載せないための話はその人事制度、「作った瞬間」は完成でも、「給与に載せた瞬間」に失敗するに書きました。)そして、その運用の積み重ねは、一人ひとりの“できること”=スキルとしても貯まっていきます。(作って終わりの静的なスキルマップを、動的に更新される“スキルナビ”へ——という話はスキルマップは「作る」ものではなく「貯まる」ものに。)

僕らがコレドウでつくっているのも、まさにこの「期中の運用」を、制度は変えずに支える仕組みです。目標設定から日々の対話、評価までをAIが伴走して、点だった評価運用を線にしていく。(プロダクトの詳細はこちら

(評価を含む「目標・対話・評価」の循環を、マネジメントの本業として捉え直す話はパフォーマンスマネジメントとはに書きました。)

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