スキルマップは「作る」ものではなく、「貯まる」もの——目標と評価で動かす「スキルナビ」という発想
この記事の要点
- スキルマップが機能しないのは「静的・解像度が低い・主観」の3つが原因
- だから「作る」のではなく、日常の目標と評価から自然に「貯まる」仕組みへ。それが動的な「スキルナビ」
- 評価とスキルは因果。その先に適材適所・関係資本・サクセッションまで、一本の線でつながっていく
「社員のスキルを可視化しよう」——そう考える会社が、いま増えています。人的資本経営が注目され、誰が何をできるのかを、ちゃんと把握しておきたい。方向性としては、まったく正しい。ところが、いざスキルマップを作ってみると、多くの組織がどこかで手を止めてしまいます。作ったはいいけれど、使われない。更新されない。気づけば、誰も開かない表になっている。
なぜ、こうなるのか。
意外に思われるかもしれませんが、スキルマップを作ること自体は、とても簡単です。それっぽいスキル名を並べて、職種や役職に当てはめる。たったこれだけで、一見ちゃんとしたものが出来上がる。ネットで拾えるテンプレートや、職種ごとに整然と並んだ"立派な"スキルマップほど、まさにその典型で、正直ツッコミどころだらけです。何が抜けているかというと、運用の視点。作ることばかりが意識されて、どう使い続けるかが、まるで考えられていない。
逆に、本気で作り込んだ組織もあります。ある金融機関では、3年かけて、全社員分のスキルをアンケートで集めました。相当な労力です。ところが結果は——主観が強すぎて使いものにならず、集めたデータごと捨てることになりました。適当に作っても、真面目に作り込んでも、うまくいかない。スキルマップには、それだけ根深い欠陥があるということです。
僕は、その欠陥は3つあると思っています。
スキルマップが「使えない」3つの構造的な理由
ひとつめは、静的であること。スキルマップは一度作ると、そこで止まります。でも人は成長する。昨日できなかったことが今日できるようになるのが人間なのに、表のほうは去年のまま。動く対象を、止まった表で捉えようとしている。ここに根本的な無理があります。
ふたつめは、スキルの解像度が低いこと。世の中のスキルマップに並ぶ項目は、たいてい荒い。「コミュニケーション力」「マネジメント力」「課題解決力」——こういう粒度で3段階評価をしても、正直、何もわからない。できる/できないの線引きが曖昧なまま、なんとなく丸がつくだけです。
みっつめは、その丸が主観で埋まること。「あなた、この項目どう?」と聞かれて、自己申告や上司の印象で埋めていく。だから同じスキルでも、人によって基準がバラバラ。集めても信用できないデータの山ができあがる。さっきの金融機関が、3年かけて集めたデータを結局捨てたのも、突き詰めればこれが理由です。どれだけ労力をかけても、土台が主観なら、出てくるのは役に立たない表なんです。
解像度を上げると、運用できなくなる——このジレンマ
「じゃあ解像度を上げればいい」と思いますよね。項目を細かく分ければ、精度は上がるはずだと。
ところが、ここに罠があります。スキルを細かく分解するほど、項目数は爆発する。維持や更新の手間が跳ね上がって、運用が回らなくなる。しかも、いくら項目を細かくしたところで、埋めるのが主観のままなら、精度は上がらない。細かくて曖昧、という最悪の表ができるだけです。
解像度を上げたいのに、上げると運用できない。多くのスキルマップは、このジレンマの前で止まっています。
発想を変える:スキルマップは「作る」ものではなく、「貯まる」もの
ここで発想を変えます。
スキルの有無を、あとから主観で埋めにいくから、荒くて曖昧になる。だったら、日常の目標設定と評価のなかで、スキルが自然に貯まっていく仕組みにすればいい。
具体的にはこうです。日々の目標を、アクションレベルまで具体的に設定する。そして、その達成を評価する。「新規受注を前年比120%」ではなく、「この商材の提案ロジックを、この期日までに、こういう状態にする」というところまで。そこまで具体的なら、達成したかどうかは事実で判定できる。主観が入りこむ余地が減る。
そうやってアクションベースの結果が積み上がっていくと、その人が「実際に何をやって、何ができるようになったか」が、事実として貯まっていく。これは、後から丸をつけにいくスキルマップより、はるかに解像度が高い。しかも、目標と評価を回すたびに更新されるから、動的です。
つまり、スキルマップは頑張って「作る」ものではなく、日常の運用の結果として「貯まる」もの。静的な一覧表ではなく、いまの現在地と次の行き先を指し示すもの——だから僕は、これはもう「スキルマップ」ではなく「スキルナビ」と呼ぶほうが正しいと思っています。(この"アクションレベルまで具体的に"の立て方は目標設定の方法に書きました。)
評価とスキルは、「因果」である
ここで、評価とスキルの関係を整理しておきます。
よくある誤解は、「スキルがあるから評価する」という順番。でも僕は逆だと思っています。評価をした結果として、スキルが確定する。日々の目標に対して、やって、評価する。その積み重ねが、「この人はこれができる」という事実を確定させていく。評価とスキルは、因果なんです。
そして、スキルが事実として確定していくと、次が見えてきます。誰に何を任せるべきか——アサインが明確になる。適材適所が、勘や好みではなく、根拠を持って決められるようになる。そして、自分の得意が正しく活きる場所に置かれると、人はモチベートされる。ここが大事なところです。
ジョブ型っぽい話に聞こえるかもしれません。実際、近いです。ただ、輸入モノのジョブ型をそのまま持ち込むと、日本の組織ではぎくしゃくする。僕が思う日本的なジョブ型は、貢献と調和がベースにある。スキルは、単体で完結するものではなく、組み合わせで価値が出るもの。誰かの強みと、別の誰かの強みが噛み合って、チームとして成果が出る。だから、個人を切り出して評価するだけでは足りなくて、組み合わせで見る視点が要る。(評価そのものを"運用"まで回す話はなぜ評価制度は「作っても回らない」のかに。)
スキルだけ見ても、片手落ち——能力資本と関係資本
ひとつ、付け加えておきたいことがあります。スキル、つまり能力の話ばかりしていると、実は片手落ちになる、ということです。
ビジネスの資本は、お金だけで成り立っているわけではありません。国際的な統合報告のフレームワーク(IIRC)は、企業の資本を「財務・製造・知的・人的・社会関係・自然」の6つに整理しています。事業に近いところだけ抜き出すと、能力資本(人的資本=一人ひとりのスキルや経験)、関係資本(社会・関係資本=顧客や仲間との信頼・つながり)、そして財務資本(お金)。事業は、こうした複数の資本で回っている、という考え方です。(※「関係資本」は、知的資本=インテレクチュアル・キャピタルの議論でも、人的資本・構造資本と並ぶ要素として長く扱われてきた概念です。)
さっき、スキルは単体ではなく組み合わせで価値が出る、と書きました。その"組み合わせ"を実際に成立させているのが、関係資本です。どれだけ能力の高い人を集めても、互いに信頼がなく、噛み合わなければ、価値は生まれない。逆に、一人ひとりのスキルはほどほどでも、関係資本が厚いチームは、驚くほどの成果を出す。僕が「日本的なジョブ型は貢献と調和がベースだ」と言うのも、突き詰めればこの関係資本の話です。
だから、スキルナビも、能力資本だけを映すものであってはいけない。誰と誰が噛み合うのか、どこに信頼が貯まっているのか——関係の視点まで含めて、はじめて、適材適所もサクセッションも、地に足のついた設計になります。そして関係資本は、日々の対話のなかで貯まっていく。ここでもまた、目標設定と評価運用を対話で回すことに、話は戻ってきます。
めざすのは、適材適所で「ご機嫌に働ける」組織
なぜ、ここまでスキルにこだわるのか。
行き着く先は、適材適所の最適化です。一人ひとりが、自分の強みが活きる場所で働けている状態。それが実現すると、人は柔軟に、モチベーション高く働ける。仕事が楽しくなる。大げさに言えば、ご機嫌な人生に近づく。
スキルナビは、そのための道具です。誰が何を得意としていて、次に何を伸ばそうとしているのか。それが動的に見えているから、任せ方も、育て方も、変えられる。スキルマップを「管理のための棚卸し表」だと思っている限り、ここには辿り着けません。本人の成長と、適材適所のための道具として捉え直すことが出発点です。(スキルのギャップを"伸ばす目標"に変える考え方は、学習志向=Lを軸にした大感謝祭のSMILEレポートとも地続きです。)
そして、サクセッションにつながっていく
適材適所を「いまの最適化」だとすれば、その延長線上に、時間軸の話が出てきます。サクセッション——後継、継承の設計です。
日本でサクセッションというと、いまはまだ事業承継、つまりオーナーや経営者の交代という文脈で語られることが多い気がします。もちろんそれも大事なんですが、本来のサクセッションはもっと広い。事業を支える重要なポジションを、これから誰が担っていくのか。その道筋を、組織として設計しておくことです。
これは実際問題、今後めちゃくちゃ大事になります。サステナブルな成長を考えたら、避けて通れない。そして面白いのは、サクセッションから逆算すると、事業の解像度が一気に上がるということ。「このポジションを継ぐには、どんなスキルの組み合わせが要るのか」「いまそれに近いのは誰なのか」「足りないピースは何か」——こう問いを立てた瞬間に、必要なスキルも、事業のこれからの形も、くっきり見えてくる。だから僕は、サクセッションは一部の大企業やオーナー企業だけの話ではなく、全企業が考えるべきイシューだと思っています。
ここで、動的なスキルナビが効いてきます。逆算して見えた「必要なスキルの組み合わせ」と、いまの一人ひとりの現在地。その差分が見えれば、サクセッションは絵に描いた餅で終わりません。差分がそのまま、次に伸ばすべき育成目標になる。継承の設計と、日々の目標設定が、一本の線でつながります。(この"ギャップを伸ばす目標に変える"考え方は目標設定の方法に。)
AI時代に、人がやるべきこと
最後に、AIの話を。
スキルナビが動的に整ってくると、一人ひとりの“できること”が、データとして扱えるようになります。そうすると出てくるのが、「そこまで揃うなら、誰に何を任せるかも、評価も、いっそ全部AIにやらせればいいのでは?」という発想です。データが揃うほど、判断まで丸ごと自動化したくなる。でも、そこは分けて考える必要があります。
僕の整理はこうです。
- 定型的な作業は、システムに寄せる。仕組み化したほうが、速いし正確だからです。
- 判断基準の設定と、そのための情報収集は、AI。データを集めて「こう考えられる」という材料と基準の案を出すのは、AIが得意なところ。
- 意思決定と、意志は、人。何を選ぶか。そして、どこへ向かいたいのか。ここは人が持つ。
意思決定と意志だけは、人に残したい。AIでも決めることはできます。でも、そこには責任がついてまわる。責任を引き受けられるのは、最終的には人だからです。「作業はAI、思考は人」という雑な二分ではなく、作業=システム/判断基準の設定と情報収集=AI/意思決定と意志=人。このくらいの解像度で分けるのが、現実的だと思っています。
スキルナビが効くのは、まさにここ。誰が何をできるかが事実で見えているから、人は安心して、意思決定と意志に集中できる。AIに渡せるものは渡し、人にしかできないことに、人の時間を使う。そのための土台が、動的なスキルナビです。
まとめ:スキルマップから、スキルナビへ
- スキルマップが使えないのは、静的・荒い・主観の3点セットが原因。
- 解像度を上げようと項目を増やすと、運用が破綻する。
- だから「作る」のではなく、日常の目標と評価から「貯める」。アクションベースなら、解像度は勝手に上がる。
- 評価とスキルは因果。評価の結果、スキルが確定し、適材適所とモチベーションにつながる。
- スキルは能力資本。でも価値は、能力資本×関係資本で決まる。スキルナビも「関係」の視点を持つべき。
- その延長にあるのがサクセッション。継承から逆算すると事業の解像度が上がり、必要スキルとの差分が育成目標になる。全企業が考えるべきイシュー。
- 行き着く先は、ご機嫌に働ける組織。AI時代でも、意思決定と意志は人が持つ。
作って終わりの静的なスキルマップから、運用で動きつづけるスキルナビへ。コレドウがやってきたのは、目標と評価を、運用で回すこと。いまも「獲得スキル」という機能で、"この目標をやりきると、どんなスキルが身につくのか"を一つひとつ可視化しています。その延長線上に、スキルが自然に貯まっていくスキルナビの世界がある。僕らがいま見据えているのは、まさにここです。(目標を"共通言語"として運用まで回す全体像は目標管理とは、評価のための作業じゃないに。)(評価もスキルも“パフォーマンスを出す”ための部品——という全体像はパフォーマンスマネジメントとはに。)
(「獲得スキル」機能をはじめ、この構想の現在地はプロダクトページで見られます。)
参考・出典
- 国際統合報告フレームワーク(IIRC)「6つの資本」——財務・製造・知的・人的・社会関係・自然(International Integrated Reporting Framework)
- 経済産業省「人的資本経営」(METI)
- Leif Edvinsson & Michael S. Malone (1997) "Intellectual Capital"——知的資本を人的資本・構造資本・関係資本に整理した古典的枠組み