コレドウ
組織開発

バリューは作るものではなく、出てくるもの

曽良 竜太 (コレドウ代表取締役)
バリューは作るものではなく、出てくるもの

この記事の要点

  • バリューは策定するものではなく、原体験とビジョンをつないだ結果として出てくる
  • 応援シロは共感からではなく、未完のストーリーに参加できることから生まれる
  • 名詞は人を評価してしまう。動詞で書くと判定の対象が行為に移り、はじめて会話にも評価にも使える

「主体性」「誠実」「チームワーク」。

多くの会社のバリューは、こういう言葉で書かれています。額縁に入っていたり、社内のポスターになっていたり、評価シートの行動評価の欄に並んでいたりする。そして、たいてい誰も使っていません。

バリュー策定のワークショップをやった会社も同じです。良い言葉が並ぶのに、半年経つと誰も口にしない。

僕はこれを、順番の問題だと思っています。バリューは作るものではなくて、出てくるものだからです。

**バリューには上流があります。ビジョンです。**そしてビジョンにも上流があって、それが原体験です。この順番でしか出てこないというのが今日の話なので、遠回りに見えるかもしれませんが、いちばん上から書きます。

ビジョンの上流には、原体験がある

では、そのビジョンはどこから来るのか。

僕は新規事業畑が長いのですが、あの世界で痛感するのは、たいていうまくいかないということです。大企業の新規事業で累積赤字を解消できたのは7%しかありません(新規事業は、成果で評価してはいけない)。手応えのない期間が続くと、人の心は折れます。根性の問題ではなく、単純に無理があるからです。

だから折れないための拠り所が要る。それがビジョンです。ただし、掲げただけのビジョンは折れを支えません。本人の中で、それをやる理由と繋がっていないからです。

やるのは、原体験と強く結びつけることです。なぜ自分がこれをやりたいと思ったのか。過去のどの経験から、この問題意識が来ているのか。そこまで降りてから言語化すると、言葉が芯を食ってきます。

新規事業の世界では、これをWhy meと呼びます。なぜこれをやるのかではなく、なぜ自分がやるのか。

底から言語化されたビジョンは借り物になりません。だから苦しい時期にも使えます。数字が出ない半年を越えるときに支えになるのは、うまくいっている証拠ではなく、なぜやっているかの説明のほうです。

応援シロは、未完のストーリーから生まれる

もうひとつ、原体験まで降りて言語化することには効果があります。周りが応援しやすくなることです。

これは共感してもらえるという話とは少し違います。仕組みがあります。

なぜやりたいと思っているのか。どうやろうと思っているのか。そして今どういう状況なのか。この3つが見えてくると、聞いた側の中でそれがストーリーになります。ストーリーとして見えると、自分だったらこういうことかな、と考え始める。

そのとき起きているのは、共感ではなく参加です。まだ完成していないストーリーがあって、自分がそこに関われる余地がある。**応援したくなるというより、一緒の船に乗りたくなる。**

これ、オーディション番組と同じ構造だと思っています。ドライに聞こえるかもしれませんが。

完成したアーティストより、まだ何者でもない人が何かになろうとしている過程のほうを、人は応援します。デビューが決まった瞬間より、その手前のほうが熱量が高い。理由は単純で、**完成品には自分の入る余地がない**からです。

だから完成した綺麗な物語より、途中経過が見えているほうが人は集まります。応援シロというのは、その余白のことだと思っています。

そして「こうあるべきだよね」が出てくる

ここまでのプロセスを進めていくと、自然と出てくるものがあります。

このビジョンを実現するなら、こういう振る舞いをする人が要るよね。この状況でその判断をするのは違うよね。そういう合意が、日々のやり取りの中で溜まっていきます。

それがバリューです。**先に決めた価値観に人を合わせるのではなく、やっていく中で必要になったものが言葉になる。**順番が逆になっていると、良い言葉なのに使われないという状態が起きます。

すでにある組織では、掘り出すプロセス自体が仕事になる

とはいえ、多くの会社は新規事業のフェーズにいません。すでに人がいて、事業も動いている。

ただ、すべての事業は最初は新規事業です。作った人が必ずいる。なので原体験まで降りるという作業は、創業者や事業責任者がいる限り有効です。

そのうえで、すでに人がいる組織の場合は、ゼロから良さそうな価値観を発明するのではなく、**すでにそこにある価値観を掘り出す**ことになります。そしてこの掘り出す作業は、みんなでやるプロセスがとても大事だと思っています。

  • 一緒に働きやすい人って、どういう人だろう
  • どういう瞬間に気持ちよく働けているだろう
  • 逆に、こんな人とは働きたくないよね

こういう問いで価値観の総意を集めて、そこから言葉にしていく。ポイントは、**最終的にその意見が反映されなかったとしても、プロセスを見せて巻き込むこと自体に意味がある**ということです。自分たちが関わったものは、他人が決めたものより使われます。

ただし、正直に書いておきます。最後は決定です。集まった価値観を汲み取ったうえで、戦略上ここが大事だから、みんなにこう振る舞ってほしい、と言語化する。そこは多数決ではありません。巻き込むことと、決めることは別の話です。

名詞で人を評価するのではなく、動詞で行為を評価する

さて、出てきた言葉をどう書くかです。結論から言うと、動詞で書いてください。

「君は主体性が足りない」と言う場面を想像してみてください。言いにくいですよね。言われた側も困る。

問題は、**名詞は人を評価してしまう**ことです。「主体性がある人・ない人」という判定は、その人の性質についての判定になります。だから言うほうも気が重いし、言われたほうも直しようがない。

動詞なら、判定の対象が行為に移ります。「今回、挑戦した?」「何に挑戦した?」「これは挑戦と言えるかな」。会話が、その人の性質ではなく実際にやったことについてのものになる。

もちろん何を挑戦と呼ぶのかという議論は残ります。でもそれは、主体性がどのくらいあるかという程度の話とは違って、具体的な行為について話し合えます。

「まず案を出す」「決まったことは翌日から始める」。こう書かれていれば、やったかやっていないかは本人にも周りにも分かります。**人を測るのをやめて、行為を見る**。それが動詞で書くということです。

これは目標の書き方とまったく同じ構造です(「定性目標」なんて、存在しない)。判定できない言葉は、評価にも育成にも使えません。

戦略から逆算されているか

もうひとつ条件があります。事業戦略と一本の線でつながっていることです。

僕はメルカリの「Go Bold」を、戦略から逆算されたバリューの典型だと思っています。ここから先は僕の解釈ですが、あの言葉が効くのは、大胆であることが良いことだからではないはずです。市場を先に取り切らないと勝負が決まってしまう事業で、スピードを出すために大胆である必要があった。戦略があって、そこから逆算して日常の行動が決まっている。

この順番になっていると、バリューはストーリーとして理解できます。なぜこれを大事にするのかが説明できるので、覚えられるし、人にも言える。

逆に、戦略と関係なく良さそうな言葉を並べたバリューは覚えられません。どれも正しいけれど、なぜうちがそれなのかを説明できないからです。

僕の前々職はバリューがとてもよく浸透していて、全員が言えました。今から思えば、事業のやり方とバリューが噛み合っていたからだと思います。

浸透させるのは、掲げ方ではなく決め方

自分の話をします。

前職で事業責任者をしていたとき、会社の評価制度とは別に、僕自身の考え方を言語化した文書を作りました。30枚くらいあったと思います。たとえばこんなことを書いていました。

  • 採用は、利益の配分先を増やすということ。だから「自分の給与をこの人に分け与えてもいいか」で判断する
  • 君だけが達成して周りが達成していないなら、その評価はしない
  • 論語と算盤は両方いる。ビジョンだけでは、売上が付いてこなければ絵空事になる。お金から逃げない

会社の評価制度とは別に作った理由は単純で、会社の評価制度は給与を決めるためのもので、期末にしか開かないからです。日々の判断に使えるものが手元に必要でした。

そして書いただけでは浸透しません。やっていたのは、**すべての意思決定をそこから始めること**でした。

毎週のKPTでビジョンとミッションの話をし続けました。誰かに「これ、どうしましょうか」と相談されたときは、「僕らのビジョンとミッションはこうだから、こうしましょうか」と返していました。なぜそれが良いと思っているのかを、noteに書いたり、外部のメディアで話したりもしました。

やっていたのはそれくらいです。特別なことはしていません。ただ、例外を作りませんでした。

事業に正解も不正解もないと思っています。あるのは正義だけです。だから判断の拠り所は、こうありたいという掛け声しかない。それを毎回使い続けるしかありませんでした。

しばらく経ったころ、チームのメンバーから僕に向かって、こう指摘が入るようになりました。

**「それ、ビジョンと違うことを言ってますよ」**

あれは嬉しかったです。自分が勝手に作ったビジョンが、共通言語になった証拠だからです。

**自分の言葉が自分に返ってきたとき、初めて浸透したと言えるのだと思います。**

行動目標は、バリューを自分の仕事に翻訳したもの

最後に、評価との接続です。

成果目標が「何を達成するか」だとすれば、行動目標は「そのために何をするか」です。そして行動目標も、動詞で書けていなければ判定できません。「顧客志向を高める」は行動目標ではなく、ただの願いです。

行動目標は、バリューを自分の職務に翻訳したものだと考えています。全社のバリューが「まず案を出す」なら、営業なら「訪問前に必ず仮説をひとつ持っていく」になるし、開発なら「仕様の疑問はその日のうちに投げる」になる。同じ動詞を、自分の仕事の言葉に置き換える作業です。

この翻訳を飛ばしている会社が多いように思います。全社のバリューをそのまま評価シートに転記して、5段階で点をつけている。それでは「主体性3点」の意味を、誰も説明できません。

まとめ

バリューが形骸化するのは、現場の意識が低いからではありません。順番と書き方の問題です。

  • 原体験まで降りて言語化する。借り物の言葉は苦しい時期に使えない
  • なぜやるか・どうやるか・今どこにいるかを見せる。応援シロは未完のストーリーから生まれる
  • すでにある組織では、みんなで作るプロセスを見せる。ただし最後は決定であって多数決ではない
  • 出てきた言葉は動詞で書く。人を測るのをやめて、行為を見る
  • 掲げるのではなく、決めるときに毎回使う。例外を作らない。使うから浸透する

最後にもうひとつ。**バリュー浸透という独立した仕事は、本当は存在しない**と思っています。

意思決定で使い、目標に翻訳し、評価で見る。使われ続けることが浸透そのものです。研修やポスターで浸透させてから使うのではなくて、使うから浸透する。順番はここでも同じです。

目標を決めて、対話しながら進めて、評価につなげる。この一連を回し続けることをパフォーマンスマネジメントと呼びます。バリューはそこで使われる、判断の基準です。

僕が前職でやっていたことは、いま思えばその手作業版でした。コレドウで作っているのは、それを仕組みで支えるためのものです。

関連記事