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    <title>コレドウ コラム｜目標管理・評価運用・組織開発</title>
    <link>https://koredou.jp/blog</link>
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    <description>評価制度は変えずに、評価運用まで。目標管理・評価運用・組織開発の実践知をお届けします。</description>
    <language>ja</language>
    <lastBuildDate>Mon, 29 Jun 2026 04:37:26 GMT</lastBuildDate>
    <item>
      <title>目標管理とは、評価のための作業じゃない——組織を動かす「共通言語」の話</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/mokuhyo-kanri</link>
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      <pubDate>Thu, 25 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>目標設定、いつのまにか「評価のための作文」になっていませんか？ 目標は評価のためじゃない。組織を同じ方向へ動かす共通言語であり、目標と評価のサイクルはマネジメントそのものです。なぜそう言えるのか、共通言語としての目標をどうつくるのかを書きました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>目標設定の季節になると、あちこちで「目標シート、提出お願いします」と連絡が飛び交います。みんな、評価のために目標を書く。書いたら半年忘れて、期末にまた引っぱり出す。——この時点で、目標はもう「評価のための作文」になっています。</p><p>僕は、これがいちばんもったいないと思っています。目標は、評価のための作業じゃない。組織を動かす共通言語です。今日は、なぜそう言えるのか、そして共通言語としての目標をどうつくるのかを書きます。</p><h2 id="h0e277c9fe1">目標は「評価」のためじゃない。「マネジメント」のためにある</h2><p>そもそも目標管理（MBO）は、正式には「Management by Objectives and Self-Control」。最後に“自己統制”まで付きます。提唱者のドラッカーは、こう書いています。「目標管理の利点は、自らの仕事を自ら管理することにある。その結果、最善を尽くすための動機がもたらされる」。目標とは、誰かに管理・評価される対象ではなく、人が自分で自分を動かすためのものだ、ということです。</p><p>OKRも根っこは同じです。自分の目標が上の目標とどう繋がっているかを見せて、人をモチベートする。MBOもOKRも、本来は“制度”の話じゃありません。だから手法は、正直なんでもいい。大事なのは、目標が人を動かしているかどうかなんじゃないかと僕は思います。</p><p>では、人を動かす目標とは、いったい何なのか。僕は、「組織の共通言語」だと考えています。</p><h2 id="hcfba2390d0">目標とは、組織の「共通言語」である</h2><p>アフリカのことわざに、「早く行きたければ一人で行け。遠くへ行きたければ、みんなで行け」という言葉があります。みんなで遠くへ行くには、全員が同じ方向を向いていないといけない。その方向を言葉にして揃えるのが、目標です。</p><p>共通言語があると、いちばん変わるのはフィードバックです。「それ、あなたの感想ですよね」という属人的なダメ出しが、「決めた目標に対して、いまどこにいるか」という現在地の確認に変わる。同じ地図を見ながら話せるようになるんですよね。</p><p>ただ、どんな目標でも共通言語になれるわけじゃありません。</p><h2 id="hec4891b902">共通言語になる目標、ならない目標</h2><p>共通言語になる目標には、条件が2つあります。</p><p>ひとつは、本人のものになっていること。「やりたい」と会社の「やってほしい」が重なっていて、しかもそれが自分の言葉で語られている状態です。会社の要求を押しつければノルマになって形骸化し、やりたいことだけを並べれば自己満足で終わる。両方が重なり、自分の言葉になってはじめて、目標は“みんなの言葉”として働きます。だから言語化は、上司が代筆せず、書く人自身にやってもらう。借りものの言葉では、最初に触れた自己統制（Self-Control）も効きません。</p><p>もうひとつは、具体的であること。「売上を伸ばそう」「成長しよう」だけでは、言葉として相手に届きません。よく「SMARTにしろ」と言われますが、アレは評価のためだけじゃなく、目標を共通言語として機能させるために具体的であれ、という意味だと僕は捉えています。</p><p>ただし、僕はSMARTだけじゃ全然足りないと思っています。SMARTには、肝心の「どうやるか（How）」が抜けている。いつまでに、何を、どうやって、どうなったら達成なのか。そこまで言葉にして、ようやく目標が共通言語として機能しだすと考えています。（具体的な立て方は<a href="/blog/mokuhyo-settei-houhou">目標設定の方法——その目標、ただの「ルーティン」になっていませんか？</a>で書きました。）</p><p>雑な比喩ですが、「今度、飲み行きましょうよ！」という約束をしたことがあると思います。その場は盛り上がるのに、翌日には「行けたら行くわ」になっている（笑）。日も店も決めていないからです。ゴールを掲げるだけでは、人は動けない。逆に言うと、道筋まで具体的なほうが、目標はかえって柔軟になります。曖昧な目標は途中で直せませんが、具体的な目標なら「この日程だと前の予定の調整が必要だな」と直せる。直感に反しますが、本当です。</p><p>この2つを壊してしまうのが、「評価のため」という動機です。</p><h2 id="he170550c70">「評価のため」が、共通言語を壊す</h2><p>評価のために目標を立てると、人は評価されやすい目標を選びます。背伸びせず、確実に届くところに置く。これでは「やりたい」が抜け落ちる。さらに、立派な目標を書き上げること自体がゴールになり、達成ではなく“作文”に力が向かう。どちらも、共通言語からは遠ざかる方向です。</p><p>そうやって「評価のため」だけの目標になると、企業や自分の成長という視点が抜け落ちます。冒頭の——作ったあとは半年忘れ、評価のときに引っ張り出す「なんちゃって目標」の完成です。</p><p>結果として評価の際に、え？この目標でいいの？と慌てる。</p><p>では、力を注ぐべきはどこなのか。</p><h2 id="hb0574a44e8">目標は上流、評価は下流</h2><p>ここでヒントになるのが、僕が敬愛するビジネスデザイナー・濱口秀司さんの考え方です。プロジェクトは「コンセプト→戦略→意思決定→実行」と時間軸で進み、打てる手の幅＝自由度は、コンセプトの段階がいちばん大きく、実行に近づくほど小さくなっていく。</p><p>これは、目標管理にそのまま重なります。コンセプトが目標で、実行が評価です。最上流の「目標」は自由度が大きく、ここでほとんど勝負が決まる。最下流の「評価」には、もう自由度がない。終わったことに点をつけるだけだからです。</p><p>ところが多くの会社は、これを逆にやっています。自由度のない評価の段階で「どう評価するか」「どう納得させるか」に力を注ぎ、自由度の大きい目標の段階はおざなりにする。本当は逆で、勝負は上流の目標で決めるべきなんです。</p><p>つまり、目標も対話もプロセスで、結果はあくまで評価だけ。上流の目標が共通言語になっていれば、対話も評価も同じ地図の上に乗っていきます。逆に上流でボタンを掛け違えれば、期中にどれだけ対話しても、最後の評価は噛み合いません。</p><p>だからこそ、目標管理と評価運用は地続きで、手を入れるべきは評価の制度ではないのです。評価が「納得できない」「形骸化する」会社は、たいてい上流の目標でつまずいている。評価そのものの話は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>に、目標がそもそも描けない手前の話は<a href="/blog/mokuhyo-taterarenai">目標が立てられない会社の人は、毎日なにを目指して働いているのか</a>に書きました。（評価のための目標が形骸化していく構造は<a href="/blog/mbo-keigaika-genin">MBOが形骸化する3つの原因と、評価運用で防ぐ方法</a>にも。）</p><h2 id="h68e12da684">まとめ：目標は、組織の共通言語だ</h2><p>整理します。目標は、評価のための作文ではありません。組織を同じ方向へ動かす共通言語であり、人を動かすマネジメントそのものです。良い目標の条件は、本人の「やりたい」と会社の「やってほしい」が重なり、自分の言葉で、道筋まで具体的であること。そして勝負は、自由度の大きい上流＝目標で決まります。評価は、その結果として下流についてくるだけです。</p><p>とはいえ、これを全部マネージャーが手作業でやろうとすると、結局“作文”に逆戻りします。コレドウがつくっているのは、その重さを引き受ける仕組みです。AIが目標を具体的な共通言語に翻訳し、作り込みの負担を肩代わりする。人は作文から解放されて、達成と対話に集中できる。目標を、評価のための作業ではなく、組織を動かすマネジメントそのものに戻したい。そう思っています。（<a href="/product">プロダクトの詳細はこちら</a>）</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>目標設定の方法——その目標、ただの「ルーティン」になっていませんか？</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/mokuhyo-settei-houhou</link>
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      <pubDate>Wed, 24 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「目標設定の方法を教えてください」とよく聞かれます。でも、つまずきは“方法”の前にあることがほとんど。ルーティンを目標にしていないか。上長・経営が組織目標を出しているか。機能する目標設定のやり方を、よくある失敗から逆算して書きました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>「目標設定の方法を教えてください」と、よく聞かれます。でも正直に言うと、つまずいている箇所は“方法”の前にあることがほとんどなんですよね。今日は、よくある失敗から逆算して、機能する目標設定のやり方を書きます。</p><h2 id="h67101171e9">その目標、ただの「ルーティン」になっていませんか？</h2><p>いちばん多い失敗がこれです。ルーティン業務をやっている人が、そのルーティンをそのまま目標にしてしまう。「請求書を毎月処理する」「問い合わせに対応する」。——これ、達成しても評価は上がらないんですよね。当然です。“こなしているだけ”で、何も変わっていないから。</p><p>目標は、そのルーティンの「改善」に置くべきです。処理を何時間短くする、対応の質を上げる、ミスを減らす。改善こそが目標になる。</p><p>そしてもし、改善の余地がないほど洗練されているなら——それはもう、人がやる仕事じゃない。機械（AI）にやらせたほうがいい。人の目標は、機械に渡せない“改善と判断”の側に置くべきなんです。</p><h2 id="hd23e9f7e57">個人が目標を立てられないのは、上が目標を出していないから</h2><p>次に多いのが「メンバーが目標を立てられない」。でもこれ、本人の能力の問題じゃないことがほとんどです。目標は“接続”だからです。</p><p>個人の目標は、チームの目標、組織の目標に接続して、はじめて意味を持つ。接続先がなければ、立てようがありません。上長が「チームとして何を目指すのか」を出していないのに、メンバーにだけ「目標を出せ」と言う——これは無理筋です。</p><p>だから、目標設定で最初に動くべきは、メンバーじゃない。上長であり、経営です。（目標が立てられない構造は<a href="/blog/mokuhyo-taterarenai">目標が立てられない会社の人は、毎日なにを目指して働いているのか</a>にも書きました。）</p><h2 id="hea20589867">そもそも、経営は目標設定をしていますか？</h2><p>もう一段、踏み込みます。そもそも経営自身が、目標を設定しているか。</p><p>自分（経営・上長）は出していないのに、メンバーにだけ書かせる。これだと目標設定は「評価のための儀式」に成り下がります。順番が、逆なんですよね。</p><p>目標は、経営 → 組織・チーム → 個人と、上から接続して降りてくるもの。上流が空っぽなら、下流でいくら丁寧に書いても噛み合わない。（この“上流で勝負が決まる”話は<a href="/blog/mokuhyo-kanri">目標管理とは、評価のための作業じゃない</a>で詳しく書きました。）</p><h2 id="hbe2a545101">目標は、ひとりで作らない</h2><p>もうひとつ、大事なことを。目標は、ひとりで作らないほうがいいです。自分だけで考えると、どうしても甘えが出るか、逆に荒唐無稽になりがちだから。</p><p>上司や同僚に相談する——というより、チームで話し合って作るのがいい。そうすると、いいことが3つあります。</p><ul><li>他のメンバーと、目標の水準を比べられる</li><li>みんなが何を目指しているのかが分かる</li><li>チームで合算したときに成立するか、ヌケモレがないかをチェックできる</li></ul><p>僕の整理はこうです。「何を目標にするか（What）」はチームの作業。「それをどう実現するか（How）」は個人の作業。この分け方が、いちばんうまくいくと思っています。</p><h2 id="h26fd7e94a3">じゃあ、どう立てるか——個人目標のつくり方</h2><p>上流（組織目標）が出ている前提で、個人の目標をどうつくるか。実践だとこの3つです。</p><ul><li>やりたい×やってほしいを重ねる：会社の方向と本人のやりたいが交わるところに置く。押しつけるとノルマ化します</li><li>改善を、具体的に：何を、どれだけ、どうやって。「対応時間を20%短くするために、◯◯を自動化する」まで言葉にする。Howがないと共通言語になりません</li><li>本人の言葉で書く：上司が代筆しない。自分の言葉じゃないと、自分で動けない</li></ul><p>良い例と、なんちゃって例を並べるとこうです。</p><ul><li>✗ なんちゃって：「請求業務を継続する」（ルーティンそのまま。達成しても評価できない）</li><li>◯ 良い：「請求処理を月20時間→12時間に短縮。AIで明細チェックを自動化し、ミスを月1件以下にする」（改善・具体・組織目標に接続）</li></ul><h2 id="h09087ebd2e">AIで“軽く”つくる</h2><p>ここまでやると「重い」と感じたはずです。実際、手作業でやると目標設定は一大作業になります。だからコレドウは、AIが目標を具体的な共通言語に翻訳し、つくる負担を肩代わりします。上流の組織目標から個人の改善目標まで、接続したまま“軽く”つくれる状態にする。（<a href="/product">プロダクトの詳細はこちら</a>）</p><h2 id="ha214098e44">まとめ</h2><p>目標設定の方法でつまずくのは、たいてい“方法”の前です。ルーティンを目標にしていないか。上長・経営が、組織目標を出しているか。その接続ができてはじめて、個人の目標は機能します。目標は、評価のための作文じゃなく、改善を前に進めるための共通言語です。（実際にシートへ落とす書き方は<a href="/blog/mokuhyo-sheet-kakikata">目標管理シートの書き方</a>で。）</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>MBOが形骸化する3つの原因と、評価運用で防ぐ方法</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/mbo-keigaika-genin</link>
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      <pubDate>Tue, 23 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>いろんな会社に「MBO、うまくいってます？」と300社以上聞いて回って、ちゃんと回ってる会社は両手で数えるほどでした。なぜMBOは形骸化するのか。その3つの原因と、制度をいじらずに防ぐ方法を書きます。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>コレドウを始めてから、いろんな会社に「MBO（目標管理）、うまくいってます？」と聞いて回ってきました。多分300社は超えていると思います。そのうち「目標も評価もちゃんと回ってます」と即答できた会社は、正直、両手で数えられるくらいでした。</p><p>不思議なんですよね。みんな制度はちゃんと持っている。目標シートもある。評価面談もやっている。なのに、ほとんどの会社で「MBOが形骸化している」。冷静に考えると、おかしな話じゃないですか？</p><p>今日はその「なぜ形骸化するのか」を、僕が見てきた範囲で3つの原因に分けて書いてみます。そして、制度をいじらずに防ぐ方法も。</p><h2 id="h211f5faea3">そもそも、MBOの「形骸化」とは何か</h2><p>形骸化って、「形は残っているのに、中身が動いていない」状態のことなんですよね。目標シートは存在する。面談もやっている。でも、目標が日々の仕事の指針になっていないし、評価にも納得感がない。制度としては回っているように見えるから、逆に問題が見えづらい。ここがやっかいなところだと思っています。</p><h2 id="h038d97c357">原因1：目標を「立てて終わり」にしている</h2><p>いちばん多いのがこれです。期初に立派な目標を立てる。でも立てた瞬間にゴールしたような気になって、あとは放置。期末になって「そういえば目標なんだったっけ」と引っ張り出してくる。目標が無くても目先の仕事は回るので、優先度がどんどん下がっていくんですよね。目標って本来、立てるイベントじゃなくて、日々のマネジメントの中で擦り合わせ続けるものだと思っています。ここがズレていると、どんなに立派な目標も飾りになります。</p><h2 id="hd15f34f3c4">原因2：制度が主、マネジメントが従に逆転している</h2><p>2つ目はもう少し構造的な話です。本来はマネジメントが主役で、制度は「その結果をどう評価するか」という従であるはず。なのに多くの会社では、これが逆転しています。目標も評価も「給与を決めるための、制度の作業」になっていて、マネジメントの中心から外れてしまっている。こうなると目標管理は「人事の事務」になります。普段は誰も目標を見ていないのに、評価の時期だけ引っ張り出して点数をつける。この主従の逆転、本当に多いんですよね。</p><h2 id="h7c5bd7de4b">原因3：運用がマネージャーの気合いに依存している</h2><p>3つ目は運用負荷の問題です。目標の確認も、進捗のフォローも、振り返りも、ぜんぶマネージャーの善意と気合いに乗っかっている。しかも日本の現場はプレイングマネージャーだらけで、自分の案件を抱えながらマネジメントも兼務している。これをフルでやりきるのは、正直しんどい。だから忙しい時期から順に運用が抜け落ちて、気づけば期末だけになる。形骸化は「現場の意識が低いから」起きるんじゃなくて、「続けられない構造だから」起きる。気合いより設計の問題なんだと思っています。</p><h2 id="h04e3aa5dd2">防ぎ方：制度をいじるより、「日常に溶かす」</h2><p>ここでありがちな間違いが、「形骸化したから制度を作り直そう」という発想です。でも項目を増やして定義を細かくするほど、現場の負荷は増えて、もっと形骸化する。箱にゴミを入れてガチャガチャ振っても、ガンダムは出てこないんですよね。複雑にすること自体が原因なのに、さらに複雑にして直そうとしている。防ぎ方はむしろ逆で、制度はそのままに、運用を日常に溶かすことだと思っています。</p><ul><li>目標を期初の一発勝負にせず、月次・週次で軽く擦り合わせる</li><li>評価のためでなく、前に進めるために目標を見る習慣をつくる</li><li>マネージャーが続けられるよう、確認や振り返りの手間そのものを減らす</li></ul><p>実際、これを1on1の中でやるようにしたら、評価のときに「いつも話してる内容ですもんね」で済むようになった、という話をよく聞きます。評価が「最後に点数をつけるイベント」から「日々の対話の確認」に変わるんですよね。（評価のイベント化については<a href="/blog/hyoka-event-ka">別記事</a>で詳しく書いています。）</p><h2 id="h4a1f764cc0">まとめ：MBOは「立て方」より「回し方」</h2><p>MBOが形骸化する原因は、①立てて終わり ②制度とマネジメントの主従逆転 ③続けられない構造、の3つ。どれも目標の「立て方」じゃなくて「回し方＝運用」の問題なんですよね。僕らがコレドウで作っているのも、まさにここです。複雑な制度と日々のマネジメントの接続をAIにやらせて、忙しいマネージャーの手間を少し肩代わりする。MBOを「やりっぱなし」で終わらせないための、運用の土台をつくっています。</p><p>でも、これはあくまで土台です。ちゃんと目標を立てて振り返る運用ができると、そこに共通言語が生まれて、文化になって、エンゲージメントが上がって、働くのがちょっと楽しくなる。僕が本当に作りたいのは、その状態なんですよね。世界は誰かの仕事で出来ているので、その仕事が良くなったら、世界はもう少しだけ良くなると思っています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>目標管理ツールの比較で、スペック表より先に見るべき5つの観点</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/management-tool-comparison</link>
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      <pubDate>Tue, 23 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「目標管理ツール 比較」で調べると、機能の○×表ばかり出てくる。でも、あの表を見比べても結局選べないと思うんですよね。200社くらい話を聞いてきて、僕がスペックより先に見るようになった5つの観点をまとめました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>「目標管理ツール 比較」で検索すると、だいたい機能の○×が並んだ表が出てきます。通知がある、1on1が記録できる、評価シートが作れる——。便利そうなんだけど、あの表を何枚見比べても、結局どれを選べばいいのか分からなくなる。僕自身、そうでした。</p><p>200社くらいの目標管理・評価運用の現場を見せてもらってきて、ひとつ確信していることがあります。ツールが定着するかどうかは、機能の数では決まらない、ということ。むしろ機能が多いツールほど、使われずにエクセルに戻っていく場面を何度も見ました。</p><p>なので、スペック表を見比べる前に、僕が先に確認するようになった観点を5つ書いておきます。比較検討の「順番」を変えるだけで、外しにくくなるはずです。</p><h2 id="hbfd4e445ec">そもそも、なぜスペック比較で選ぶと外すのか</h2><p>機能比較って、「できること」のリストなんですよね。でも現場で本当に効くのは「できること」じゃなくて「続けられること」。どれだけ高機能でも、入力が面倒なら3ヶ月で形骸化します。比較表は“導入の瞬間”の魅力は教えてくれるけど、“半年後に回っているか”は教えてくれない。だから僕は、次の5つを先に見ます。</p><h2 id="h6e402c3ba2">観点1：いまの評価制度を、変えずに乗せられるか</h2><p>ツールに合わせて評価制度を作り替える——これ、いちばん頓挫します。現場の混乱もコストも大きい。だから最初に見るのは「今の制度（MBOでもOKRでも等級でも）をそのまま載せられるか」。制度はそのままに、運用だけ良くなる。これが定着の最短ルートだと思っています。</p><h2 id="h64b5411f78">観点2：現場のメンバーが「続けられる」設計か</h2><p>管理者の画面が立派でも意味がなくて、毎週・毎月さわるのは現場のメンバーです。だから比較するときは、必ず現場の人にデモを触ってもらう。目標や進捗の更新が数分で終わるか、通知で“やり忘れ”を防げるか。ここが重いツールは、機能がどれだけ多くても僕は選びません。</p><h2 id="hf0158a593d">観点3：目標から評価運用まで、一気通貫でつながっているか</h2><p>目標管理ツール、1on1ツール、評価ツールを別々に入れると、データが分断されて転記地獄になります。「どこに何があるか分からない」状態は、それ自体が形骸化の原因。目標設定→進捗→振り返り→評価が一本の流れでつながっているか。点が線になっているツールほど、運用が続きます。</p><h2 id="h318fc4a1d0">観点4：AIが「運用の手間」を本当に減らすか</h2><p>最近はどのツールも「AI搭載」と言います。でも見るべきは“AIが付いているか”じゃなくて、マネージャーの「書く・まとめる・思い出す」が実際に減るか。目標の言語化、進捗のサマリ、フィードバックの下書き。この辺りをAIが肩代わりしてくれると、運用が滞りにくい。AIは目的じゃなくて、運用を回し続けるための手段だと思っています。</p><h2 id="hfad3a93007">観点5：入れたあと、伴走してくれるか</h2><p>ツールは入れて終わりじゃなくて、現場に定着して初めて効果が出る。なのに「導入後はご自由にどうぞ」だと、たいてい使われなくなる。だから初期設定や運用設計、定着までをどこまで一緒にやってくれるかは、最後にして最重要の観点です。ツール単体ではなく「運用が回る状態」まで見てくれるかどうか。</p><h2 id="h2318d2e9e7">結局、比較すべきは「機能」じゃなく「半年後に回っているか」</h2><p>まとめると、僕が見ているのはこの順番です——①制度を変えずに乗るか／②現場が続けられるか／③目標〜評価が一気通貫か／④AIで手間が減るか／⑤導入後に伴走があるか。機能の○×表は、このあとで見れば十分。順番を変えるだけで「導入したのに形骸化」をかなり避けられると思います。</p><p>ちなみに僕らがコレドウでつくっているのも、まさにこの「やりっぱなしにしない」をどう仕組みにするか、です。制度は変えずに、目標設定から評価運用までAIが伴走する。比較検討のひとつの基準として、頭の片隅に置いてもらえたら（<a href="/product">プロダクトの詳細はこちら</a>）。</p><p>※この記事は「評価運用」を定着させる設計の一部です。全体像は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>で書いています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>なぜ評価制度は「作っても回らない」のか——評価運用を定着させる設計</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/hyoka-unyou</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/hyoka-unyou</guid>
      <pubDate>Mon, 22 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>評価制度はある。等級も評価シートもある。なのに「回っている」実感がない——。多くの会社のこの「やりっぱなし」は、制度ではなく運用の問題です。評価運用をどう定着させるか、その設計を書きました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<h2 id="h1af0d34ec3">「制度はあるのに回らない」現場で起きていること</h2><p>評価制度は、たいていの会社にあります。等級があり、評価シートがあり、期初に目標を立て、期末に評価をつける。手順としては、ちゃんと整っています。</p><p>それなのに、現場では「回っている」という実感が薄い。評価のばらつきに不満が出る。面談は雑談で終わる。シートは期末にあわてて埋められ、そのまま提出されて終わる。手間はかかっているのに、人も組織も育った気がしない。</p><p>制度は動いているのに、成果が出ない。多くの会社が抱えているのは、この「やりっぱなし」の感覚です。作ることはできた。けれど、回すことができていない。</p><h2 id="h44580e569a">なぜ回らないのか——問題は「制度」ではなく「運用」にある</h2><p>回らないと感じたとき、多くの会社は「制度の作り直し」に向かいます。等級を見直し、評価項目を組み替え、新しいタレントマネジメントの仕組みを導入する。制度に問題があるのだろう、という前提に立つわけです。</p><p>でも、作り直した制度も、しばらくするとまた回らなくなる。これを繰り返している会社は少なくありません。</p><p>本当のボトルネックは、制度の出来不出来ではありません。それをどう運用するかにあります。どれだけ精緻な制度を設計しても、期初に目標を立てて期末に評価するだけの「点」の運用になっていれば、結果は変わらない。制度は変えなくていい。変えるべきは、その間にある運用のほうです。</p><p>この記事では、評価制度そのものではなく、評価運用をどう定着させるかを扱います。</p><h2 id="h1ff2d72c11">評価運用が崩れる3つの構造</h2><p>運用が回らなくなるとき、現場では決まって同じことが起きています。大きく3つの構造に整理できます。</p><p>1つ目は、評価者の負荷とスキルに依存しすぎていること。評価の質は、評価者個人の力量に大きく左右されます。でも多くの現場で、評価者はトレーニングを受けないまま、通常業務に上乗せで評価を担っている。負荷は高く、スキルは標準化されていない。結果、評価エラー（印象に引きずられる、平均に寄せる）が起き、ばらつきへの不満につながります。</p><p>2つ目は、目標と評価の接続が切れていること。期初に立てた目標と、期末につける評価が、別物として動いてしまう。目標は立てたきり放置され、評価は評価で別の基準でつけられる。両者がつながっていないから、「何を頑張れば評価されるのか」が本人に見えません。（この「目標」そのものをどう設計するかは<a href="/blog/mokuhyo-kanri">目標管理とは、評価のための作業じゃない</a>で書きました。）</p><p>3つ目は、運用が「イベント化」して、日常と切れていること。評価が、期初と期末の年2回の行事になってしまっている。その間の数ヶ月、目標は日常業務から切り離されて存在しない。評価のための評価、提出のための面談になり、マネジメントの本流から外れていきます。（この「イベント化」については<a href="/blog/hyoka-event-ka">評価が「イベント化」する理由と、日常に戻す方法</a>で詳しく書いています。）</p><p>この3つは別々の問題に見えて、根は一つにつながっています。</p><h2 id="h551d274a35">評価運用は「成立しないゲーム」になっている</h2><p>少し角度を変えて、評価を「人が登っていくゲーム」として捉えてみます。</p><p>よくできたゲームは、誰に強制されなくてもプレイヤーが夢中で取り組みます。その裏側には、共通する設計があります。少し背伸びすれば届く目標が設定され、行動するたびに手応えがすぐ返り、続けるうちに自分の上達が見え、そして何より自分で選んで挑んでいるという感覚がある。この4つが噛み合ったとき、人は外から急かされなくても、自ら登っていきます。</p><p>評価運用も、本来はこれと同じ構造を持てるはずです。期初に少し背伸びした目標を立て、期中に手応えを確かめながら、達成へ向けて自分の意思で登っていく——うまく回っている評価とは、そういう「登りたくなる設計」になっています。</p><p>ところが多くの現場では、この設計が成立していません。</p><p>期初に目標を立てるところまでは、たいていの会社がやります。問題はその後です。期の途中、上司と目標について話す機会がほとんどない。やってみた手応えも返ってこない。自分が前に進めているのかどうかも分からない。そのまま数ヶ月が過ぎ、期末になって突然「評価」が下りてきます。</p><p>これは、ゲームに例えるとこういう状態です。『かまいたちの夜』のバッドエンドを思い出してください。道中で何の警告もないまま選択を重ね、ある分岐で突然、理不尽な結末を迎える。しかも、どの選択が分かれ目だったのかも知らされない。</p><p>ただ、ゲームならまだいい。リセットして、最初からやり直せるからです。どこで間違えたのかを探りながら、何度でも挑戦できる。あの理不尽さが許されるのは、やり直せるからにほかなりません。</p><p>評価には、それがありません。その期は二度と戻ってこない。理不尽な結末を下されたうえに、やり直すこともできない。そして、やり直しが効かないからこそ、道中で手応えを返し続けること——つまり期中の対話が、決定的に重要になります。</p><p>ここで効いているのは、評価の「つけ方」が悪いということではありません。期中の対話が欠けていることが、先ほどの4つの要素を順番に壊していく、という構造の問題です。</p><p>手応えが返ってこなければ（即時フィードバックの欠落）、自分が登れているのか分からなくなる（成長実感の喪失）。進捗が見えなければ、努力の方向を自分で調整することもできない。打つ手がない状態に置かれた人は、やがて「自分で選んで挑んでいる」感覚を失っていきます（自律性の崩壊）。そして努力のしようがなくなったとき、人のやる気は静かに消えます。（消えたやる気はやがて「不満」として表に出て、離職にもつながっていきます。詳しくは<a href="/blog/hyoka-fuman-taishoku">人事評価の不満は、なぜ「退職」につながるのか</a>で書きました。）</p><p>「やらされ評価」と呼ばれるものの正体は、ここにあります。評価そのものへの拒否反応ではありません。評価する頃にはもう、人が登りたくなる設計が、すべて失われてしまっているのです。</p><p>だとすれば、打ち手の方向もはっきりします。評価制度をつくり直すことではなく、期中の対話を取り戻すこと。目標を題材に、「ここは良い」「これは違う」を、その都度すり合わせていくことです。</p><p>そして、この対話の積み重ねが、組織の文化をつくります。何が評価され、何がそうでないのか——その基準は、制度の文書を配って伝わるものではありません。目標をベースにした日々の対話のなかで「これは良かった」「ここはこうしてほしい」と具体的に交わされて、はじめて一人ひとりの体に入っていく。それが揃ったとき、組織の価値基準、つまり文化になります。評価が成立する組織とは、評価の仕組みが優れた組織ではなく、目標をめぐる対話が日常にあり、そこから基準が共有されている組織のことです。</p><h2 id="h1e97519d1b">「対話」をどこに置くか——定着のための見取り図</h2><p>ここまでで、答えはほとんど出ています。評価運用が崩れる根は「期中の対話の欠如」にあり、解決は「対話を取り戻す」こと。あとは、その対話を現場のどこに置くか、という地図の問題です。打ち手は、大きく3つの接点に分かれます。</p><p>1つ目は、目標設定の時点で、対話で握ること。背伸びした目標は、一方的に与えても登りたくはなりません。期初の段階で、本人と対話しながら「少し背伸びすれば届く」ラインを一緒に握る。ここが、その後の運用すべての起点になります。（関連：<a href="/blog/mokuhyo-taterarenai">目標が立てられない会社の人は、毎日なにを目指して働いているのか</a>）</p><p>2つ目は、期中に、手応えを返す接点を置くこと。評価運用の成否を分けるのは、ここです。月に一度でも、目標について手応えを返し、進捗を可視化し、方向を一緒に調整する場を持つ。1on1や中間面談は、そのための接点にあたります。（関連：<a href="/blog/200sha-1on1">200社で唯一「評価に課題はない」と言い切った会社の、たった一つの共通点</a>）</p><p>3つ目は、評価者を、基準を伝える担い手にすること。対話を通じて「何が良くて何が違うのか」を伝えるのは、評価者の役割です。評価者を、評価を「つける人」ではなく、基準を「伝える人」として育てる。ここが標準化されると、評価のばらつきも自然と収まっていきます。（関連：<a href="/blog/kenshu-form-manager">研修が現場で定着しない理由</a>）</p><p>この3つが揃うと、「目標 → 対話 → 基準の共有 → 文化」という一周が、ようやく回り始めます。点だった運用が、線になります。なお、これらの運用を仕組みで支えるなら、ツールという選択肢もあります（<a href="/blog/management-tool-comparison">目標管理ツールを比較するとき、僕がスペック表より先に見ていること</a>）。</p><h2 id="h9405907d7b">「やりっぱなし」を超える運用へ</h2><p>評価が回らないのは、制度が悪いからではありません。期初と期末をつなぐ、期中の運用が抜け落ちているからです。そしてその運用の中心にあるのは、特別な仕組みではなく、目標をめぐる対話でした。</p><p>制度をつくることは、スタートにすぎません。それを回し、現場に定着させ、文化にまで育てて初めて、評価は人と組織を育てる。作って終わりにしない——マネジメント改革を、やりっぱなしで終わらせない。評価運用とは、その最後のひと続きを引き受ける営みのことです。</p><p>僕らがコレドウでつくっているのも、まさにこの「期中の運用」を、制度は変えずに支える仕組みです。目標設定から日々の対話、評価までをAIが伴走して、点だった評価運用を線にしていく。（<a href="/product">プロダクトの詳細はこちら</a>）</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>目標管理シートの書き方——テンプレを埋めても回らない、その前に</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/mokuhyo-sheet-kakikata</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/mokuhyo-sheet-kakikata</guid>
      <pubDate>Mon, 22 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「目標管理シート 書き方／テンプレート」で探しても、埋めるだけでは回りません。提出用の作文ではなく“共通言語”になるシートの書き方を、5項目と before/after の例文つきで解説します。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>「目標管理シート 書き方」「目標管理シート テンプレート」で検索すると、フォーマットがたくさん出てきます。でも、テンプレを手に入れて埋めても、たいてい回らないんですよね。今日は、テンプレの前に知っておきたい「共通言語になるシートの書き方」を、例文つきで書きます。</p><h2 id="h09e9bf269f">なぜ、テンプレを埋めても回らないのか</h2><p>いちばんの理由は、シートを埋めること自体が目的になってしまうから。期初にきれいに埋めて提出し、そのまま半年放置。期末に引っぱり出して、評価のために体裁を整える。——これだと、シートは「評価用の作文」です。</p><p>ありがちな失敗が、あと2つ。ひとつは、ルーティン業務をそのまま書くこと。「請求書を毎月処理する」のように。達成しても評価できないし、組織も成長しません。もうひとつは、去年のシートをそのままコピペして出すこと。正直これが最悪で、「今年も成長しません」と宣言しているようなもの。せめて一つは“今年変えること”を足したい。（このあたりは<a href="/blog/mokuhyo-settei-houhou">目標設定の方法</a>に詳しく書きました。）</p><p>目標管理シートは、提出物じゃない。期中に使い続ける「共通言語」であるべきなんです。（その考え方は<a href="/blog/mokuhyo-kanri">目標管理とは、評価のための作業じゃない</a>に。）</p><h2 id="hc1257f76d8">共通言語になるシートの5項目</h2><p>テンプレが何であれ、この5つが言葉になっていれば機能します。</p><ul><li>① 目標（What）：何を達成するか。ルーティンではなく「改善」で書く</li><li>② 達成基準（数値）：どうなったら達成か。測れる形に</li><li>③ 行動計画（How）：どうやって達成するか。道筋。←ここが抜けがち</li><li>④ 期限（When）：いつまでに。マイルストンも</li><li>⑤ 評価との接続：達成したら評価にどう跳ね返るか。期初に決めておく</li></ul><p>SMARTでよく言われるのは①②④だけ。でも③How と ⑤評価との接続が無いと、シートは共通言語になりません。</p><h2 id="h2201c7ac03">「定性目標は測れない」も、たいてい解決できる</h2><p>「うちの仕事は定性的だから数値にできない」とよく言われます。でも、定性的な目標でも〈期日〉と〈達成した状態〉を決めれば、達成／未達は判定できます。</p><p>たとえば「チームの連携を良くする」は測れない。でも「9月末までに、引き継ぎ漏れによる手戻りをゼロにする」なら測れる。期日と“どうなっていたら達成か”を足すだけで、定性は“評価できる形”に変わります。</p><h2 id="h4fd489760b">細かく書くのは、管理のためじゃなくPDCAのため</h2><p>「そこまで細かく書くの？」と思うかもしれません。理由があります。</p><p>「出来そうで出来ない、ちょうどいい難易度」って、実は立てる時点では誰にも分かりません。だから、やってみて調整するPDCAが要る。そしてPDCAを回すには、目標が具体的じゃないと“どこを直すか”が分からない。細かく書くのは、管理のためじゃなく、回して直すためなんです。</p><h2 id="hf130e7fd76">before / after：例文で見る</h2><p>同じ人の目標でも、書き方でこれだけ変わります。</p><p>なんちゃって（ルーティン・曖昧）</p><ul><li>✗「請求業務を正確に行う」</li><li>✗「営業を頑張る」</li><li>✗「1on1を実施する」</li></ul><p>共通言語になる（改善・具体・How）</p><ul><li>◯「請求処理を月20時間→12時間に短縮。AIで明細チェックを自動化し、ミスを月1件以下に（期末まで）」</li><li>◯「新規受注を前年比120%に。既存顧客への紹介依頼を月10件、ウェビナー登壇を四半期2回（四半期ごとに進捗確認）」</li><li>◯「目標と実績のズレを早く拾うため、1on1を月2回・各30分。話した内容は評価メモに残す」</li></ul><p>違いは、改善になっているか・数値があるか・どうやるか（How）が書いてあるか、です。</p><h2 id="h1eaffa9ba6">書いて終わりにしない／AIで“軽く”埋める</h2><p>良いシートができても、期中に使わなければ意味がありません。月1でいいので、シートを開いて「今ここ」を確認する。それだけで、シートは作文から共通言語に変わります。</p><p>とはいえ、5項目をちゃんと埋めるのは手間がかかる。だからコレドウは、AIが目標を具体的な共通言語に翻訳し、達成基準やHowの言語化を手伝います。テンプレを“重い作文”にせず、軽く・具体的に埋められる状態にする。（<a href="/download">資料請求はこちら</a>／<a href="/product">プロダクトの詳細</a>）</p><h2 id="ha214098e44">まとめ</h2><p>目標管理シートは、テンプレを埋める作業じゃありません。①目標（改善）②達成基準 ③How ④期限 ⑤評価との接続——この5つが本人の言葉で書かれ、期中に使われてはじめて、組織の共通言語になります。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>人事評価の不満は、なぜ「退職」につながるのか——プロセスを無視して結果だけ突きつけない</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/hyoka-fuman-taishoku</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/hyoka-fuman-taishoku</guid>
      <pubDate>Sat, 20 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>人事評価に不満を感じたことがある人は約7割。さらに評価をきっかけに65.5%が転職を検討し、検討した人の半数が実際に辞めている——。突き詰めれば、目標も対話もプロセスで、評価だけが結果。プロセスを無視して結果だけ突きつけるから、人は納得できずに辞めていきます。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>評価の話を聞いて回っていると、「うちは人事評価に不満なんてないですよ」と言い切る会社には、ほとんど出会いません。むしろ「評価は不満が出て当たり前」くらいの空気すらある。でも、その不満を放っておくと最終的に何が起きるか。人が辞めるんですよね。</p><p>実際、パーソルキャリアのJob総研「2025年 人事評価の実態調査」では、人事評価に不満を感じた経験がある人は約7割（69.6%）。さらに、評価結果をきっかけに転職を検討した人が65.5%、そして転職を検討した人のうち51.6%が実際に転職しています。「評価への不満」は、気づかないうちに離職へとつながっている。今日はこの構造を、できるだけシンプルに書きます。</p><h2 id="h5ccefe58d2">不満の正体は「プロセスを無視して、結果だけ突きつけられること」</h2><p>僕は、評価への不満って、突き詰めると一つの構造に行き着くと思っています。それは——目標設定も対話もプロセスで、評価だけが結果だということ。</p><p>目標を立てる、期中にすり合わせる。これは全部プロセスです。一方で、評価は最後に出てくる結果。ここで、プロセスをすっ飛ばして結果だけを「はい、あなたはB評価です」と突きつけられたら、誰だって納得できない。「何を頑張れば良かったの？」「途中で言ってよ」となる。これが不満の正体で、不満が積もれば外に目が向く。シンプルな話なんですよね。</p><p>逆に、プロセスを一緒に歩いてきていれば、結果は「いつも言われてた通り」になる。評価がそこまで高くなくても、人は納得して受け取れる。辞める理由は「低い評価」ではなく「納得できない評価」なんです。</p><h2 id="he1990d4283">プロセスが空洞だと、対話を重ねても破綻する</h2><p>ここでよくあるのが「じゃあ1on1で対話を増やそう」という話。対話は大事です。でも、その手前の“目標設定”が空洞だと、どれだけ対話を重ねても結果につながりません。</p><p>たとえば、期初に目標を「まあこんな感じで」となんとなく握ってしまう。すると期中にどれだけ1on1を重ねても、期末になって「あれ、この目標、達成したところで評価を上げられなくない？　どうしよう」となる。上司も部下も、なんともやるせない空気になるんですよ。プロセス（目標と対話）が結果（評価）につながる設計になっていないと、こうなる。</p><h2 id="hbab6b3d3a0">制度を変えずに防ぐ、運用の3ステップ</h2><p>特別な制度改定は要りません。やることは「プロセスと結果をつなぐ」だけです。</p><ul><li>① 評価につながる目標を握る：期初に「これを達成したら、評価にどう跳ね返るか」まで言語化して合意する</li><li>② 期中に手応えを返す：1on1などで「今ここ」を定期的にすり合わせ、評価を期末まで持ち越さない（参考：<a href="/blog/200sha-1on1">1on1の運用</a>）</li><li>③ フィードバックを日常に分散する：年1回の面談に集約せず、日々の中で小さく返す</li></ul><p>この3つでプロセスと結果がつながり、「評価への不満」は「納得して次に進む力」に変わります。</p><h2 id="h260635b033">まとめ：プロセスを無視して、結果だけ突きつけない</h2><p>人事評価への不満が退職につながるのは、評価が低いからではありません。目標も対話もプロセスで、評価だけが結果。そのプロセスを無視して結果だけ突きつけるから、人は納得できずに辞めていく。本当に、それだけのことだと思います。</p><p>僕らがコレドウでつくっているのも、このプロセスと結果をつなぐ仕組みです。目標設定の段階から評価との接続を握り、期中の対話までAIが伴走して、納得感のある評価運用を回せる状態をつくる。評価を、人が辞める理由ではなく、人が育つ仕組みに変えていきたいと思っています。（<a href="/product">プロダクトの詳細はこちら</a>）</p><p>※この記事は「評価運用」を定着させる設計の一部です。全体像は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>で書いています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>評価が「イベント化」する理由と、日常に戻す方法</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/hyoka-event-ka</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/hyoka-event-ka</guid>
      <pubDate>Thu, 18 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>評価の時期になると会社全体がソワソワし始める。普段は誰も目標の話をしないのに——。評価が「一大イベント」になると、なぜしんどくて複雑で形骸化していくのか。その構造と、日常に戻すヒントを書きました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>評価の時期が近づくと、会社全体がなんだかソワソワし始める。普段は誰も目標の話なんてしないのに、急に「目標シート出してください」「自己評価書いてください」と連絡が飛び交う。そういう光景、よく見ます。</p><p>これ、評価が「イベント」になっている状態なんですよね。300社くらい話を聞いてきましたが、ほとんどの会社で評価は半期に1回、年に1回の一大イベントになっている。そして、イベントになっているからこそ、評価はしんどくて、複雑で、形骸化していく。今日はその構造と、抜け出し方を書いてみます。</p><h2 id="h2763d10656">評価の「イベント化」とは何か</h2><p>イベント化というのは、評価が日常から切り離されて、特定の時期にだけ発生する行事になっている状態のことです。期初に目標を立てる。期中はなんとなく進む。期末にまとめて評価する。この「期初に考えて、期末に評価する」という時間設計そのものが、評価をイベントにしているんですよね。</p><h2 id="h376cd0df8e">イベント化すると、何が起きるか</h2><p>評価がイベントになると、すべてが期末に寄ってきます。</p><ul><li>何をやっていたかを思い出す</li><li>評価のためのロジックを後から組み立てる</li><li>納得してもらうための説明を用意する</li></ul><p>これを短期間でやろうとするから、評価はしんどい。しかも「その時期だけ頑張る」「あとから辻褄を合わせる」が常態化する。そして厄介なのは、ここで多くの会社が「制度が悪いんだ」と考えて、項目を増やし、定義を細かくしてしまうこと。複雑にするほど運用は重くなって、もっと回らなくなる。複雑さが原因なのに、複雑さで解こうとしている。完全に悪循環なんですよね。</p><h2 id="hcac1517ac6">なぜ「制度をいじる」と逆効果なのか</h2><p>評価がうまくいかないと、つい制度の中身（項目・配点・定義）をいじりたくなります。でも見てきた限り、制度をピカピカにしても運用は良くなりません。だって、どんなに立派な制度でも、結局それを回すのは現場のマネージャーだからです。制度を複雑にすればするほど、マネージャーの負荷が増えて、忙しい時期から運用が抜け落ちていく。問題は制度の中身じゃなくて、「評価をイベントとして設計してしまっている構造」のほうにあるんだと思っています。</p><h2 id="h508d75e3ea">日常に戻すヒント：イベントにできないくらい短くする</h2><p>面白い会社の話があります。300社近く聞いた中で、唯一「目標も評価も課題はない」と言い切った会社があって。聞いてみたら、評価期間と目標設定期間を合わせても1週間しかないらしいんです。最初は意味が分からなかった。短すぎる、と。</p><p>でも、よく考えるとこれが本質を突いていて。1週間しかないと、そもそも評価をイベントとして準備する時間がない。後から辻褄を合わせる余地もない。だから逆説的に、日常でやるしかなくなる。週1の1on1で目標を擦り合わせて、その都度ズレを潰しておく。すると評価のときには「いつも話してる内容ですもんね」で終わる。つまり、評価をイベントにできない構造にすると、自然と日常化する。前提を壊すと、設計はむしろシンプルになるんですよね。</p><h2 id="h99b1a7378b">評価を日常に戻すために、明日からできること</h2><p>いきなり評価期間を1週間にするのは難しくても、考え方は真似できます。</p><ul><li>目標を期初の一発勝負にせず、月次・週次で軽く見直す</li><li>1on1の中で「目標どうなってる？」を普通に話す</li><li>評価のためでなく、前に進めるために目標を使う</li></ul><p>ポイントは、評価を「最後に点数をつけるイベント」ではなく「日々の対話の積み重ねの確認」にしていくこと。そうすると、マネージャーも期末にまとめて頑張らなくてよくなって、むしろ楽になります。</p><h2 id="hc34994d550">まとめ：問題は制度の中身じゃなく、時間の設計</h2><p>評価が形骸化するのは、制度が悪いからじゃなくて、「期初に立てて期末に評価する」という時間設計が、評価をイベントにしているから。イベントになるから複雑化して、複雑だから回らなくなる。だから僕らがコレドウでやりたいのも、制度をいじることじゃなくて、日々のマネジメントの結果が自然と評価につながる状態をつくることです。複雑な制度と日常マネジメントの接続はAIに任せて、マネージャーの手間を減らす。評価を「やりっぱなしの行事」から「日常の延長」に戻していく。</p><p>そうやって日々の対話が積み重なると、そこに共通言語が生まれて、文化になって、最終的には働くのが少し楽しくなる。評価って本来、人を裁くためじゃなくて、組織が前に進むためにあるはずなんですよね。</p><p>※この記事は「評価運用」を定着させる設計の一部です。全体像は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>で書いています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>「A or B」は賢く聞こえる。でも現実を動かすのは、いつも“両立”だ</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/a-or-b-trade-off</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/a-or-b-trade-off</guid>
      <pubDate>Sat, 13 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>AIを使える人が勝つ／人間にしかできないことに集中すべき。効率か対話か、仕組みか人間らしさか。こういう二択は盛り上がる。でも世の中を変えてきたものの多くは、両立できないとされたものを両立させていた。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>SNSを始めてみて改めて感じるのは、世論は「A or B」を求めがちだということです。</p><p>AIを使える人が勝ち、使えない人は遅れている。逆に、AIの時代だからこそ人間にしかできないことに集中すべきだ。効率か、対話か。仕組みか、人間らしさか。こういう二択は盛り上がる。わかりやすいから。</p><p>でも、世の中を変えてきたものを見ていくと、多くは「どちらかを選んだ」のではなく、トレードオフだと思われていたものを両立させていました。</p><p>iPhoneは、機能を増やすほど操作は複雑になるという常識を壊した。ボタンを全部やめることで、多機能なのに迷わない、を成立させた。プリウスは、環境性能を上げれば走りや使い勝手が犠牲になるという前提をずらした。ユニクロは、安いか品質か、という根深いトレードオフに手を入れた。</p><p>敬愛する濱口秀司さんは、クライアントのバイアスを見極めて壊すのが仕事だと言います。バイアスとは、日々の経験が積み重なって条件反射になったルールのこと。「これがきたら、こう」。便利だけれど、いつの間にか疑わなくなる。厄介なのは、本人はそれにかかっていることに気づけないこと。</p><p>「A or B」も、たぶんこのバイアスの一種です。効率を上げれば温度は下がる、仕組みを入れれば主体性は死ぬ――どこかでそう刷り込まれて、検証もせずに前提にしてしまう。</p><p>AI活用もまさにそうだと思います。AIに任せることと、人間が価値を出すこと。一見トレードオフだけれど、逆だと思う。任せられることを任せるからこそ、人間は問いを立てたり、決めたり、相手を理解したり、合意をつくることに時間を使える。</p><p>私の事業領域であるマネジメントも同じです。仕組みで管理すれば主体性が死ぬ、評価制度を入れれば対話が冷える、目標を縛れば可能性を潰す――全部、疑われないまま前提になっているバイアスだと思う。本当は両立できるし、両立させないと意味がない。</p><p>面白いのは「どちらが正しいか」を選ぶことではなく、みんなが疑いもしないトレードオフを見つけて、壊しにいくこと。そう見ると、極論を言い合っているSNSは、イノベーションの宝庫だなと思います。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>「プロダクトは終わる」と言われた。終わるのは役割で、価値はむしろ上がる</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/product-naisei-gaibu-nitaku</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/product-naisei-gaibu-nitaku</guid>
      <pubDate>Tue, 09 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「もうプロダクトなんて誰でも作れる、だからプロダクトビジネスは終わる」。本当にそうだろうか。終わるのではなく、プロダクトの“価値”が変わるのだと思います。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>少し前、とある交流会で、ある中小企業の経営者の方が「もうプロダクトなんて誰でも作れるようになる、だからプロダクトビジネスなんて終わる」と言っていました。</p><p>たしかに、AIによって“作る”ことのハードルはかなり下がっています。簡単な業務アプリ、社内向けのAIエージェント、独自のワークフロー、ちょっとした分析ツール。これまで外注したりSaaSに合わせたりしないと作れなかったものが、かなり内製しやすくなっている。</p><p>でも、正直違和感しかない発言でした。本当にプロダクトは終わるのか。むしろ、変わるのは「プロダクトの価値」なのではないかと思っています。</p><p>これまでのSaaSは、「業務を標準化しました」「この型に合わせればうまく回ります」という価値が大きかった。でもAI時代には、各社が自社固有の業務ルールや判断基準を、自分たちで実装しやすくなる。</p><p>そうなると、外部プロダクトに求められるのは、業務を丸ごと代替することではない。むしろ、権限管理・監査ログ・セキュリティ・ワークフロー・通知・履歴管理・API連携・データモデル・運用の安定性のような、内製AIや独自業務を安全に動かすための共通基盤になっていくのではないか。</p><p>さらに、外部プロダクトにはもう一つ大きな価値があります。共通プラットフォームに乗ることで、自社だけでは見えない差分が見えることです。</p><p>たとえば目標管理やマネジメントの領域なら、自社の目標設定は他社と比べて抽象的なのか、進捗確認の頻度は高いのか低いのか、振り返りの質に差があるのか、運用が定着する会社としない会社の違いは何か。こうしたことは、自社だけのデータを見ていてもなかなか分かりません。</p><p>内製AIは自社に最適化しやすい。一方で、外部プロダクトは複数社の共通基盤だからこそ見える比較やベストプラクティスを提供できる。</p><p>プロダクトが終わるのではなく、プロダクトの役割が変わる。これからのプロダクトは、顧客の業務を囲い込むものではなく、顧客の内製化やAI活用を支える土台になっていくのだと思います。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>AIで“作る”のは簡単になった。それでも破綻するのは、いつも運用だ</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/ai-tsukuru-kantan-unyou-sekkei</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/ai-tsukuru-kantan-unyou-sekkei</guid>
      <pubDate>Thu, 04 Jun 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「素人がAIで作ったプロダクトは運用で破綻する」という実体験が周りで増えてきました。壁打ちで起きるハルシネーションは、コード生成でも内側で同じように起きている。ただ見えないだけ。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>AIが凄いのは周知の事実で、これからもどんどん凄くなるのでしょう。一方で、私の周りでも「素人がAIで作ったプロダクトは運用で破綻するよね」という実体験が増えてきているなと思います。</p><p>AIと壁打ちをして、アウトプットがイマイチだとか、ハルシネーションが凄いとか、ビジネス用途として使うには精度に不安が残る、といった論点が元々取り沙汰されていました。</p><p>それって、コード生成になったとしても同じようなことが当然内側では起こっていて、ただ見えないから「動いて凄い」になっているに過ぎないと思っています。</p><p>作るのは簡単になりました。でも、大事なのは作った後にどう運用し続けるか。そこの設計が抜けていると、しばらくしてメンテできずに運用破綻する、という声が溢れてくるのではないかと思います。</p><p>この話は note にも書いています。 <a href="https://note.com/katsura_koredou/n/ndfd513061093" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.com/katsura_koredou/n/ndfd513061093</a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>「AIが会社みたいに働いてすごい」の正体は、業務設計の不足かもしれない</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/agent-bunmawashi-gyomu-sekkei</link>
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      <pubDate>Thu, 28 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>エージェントが何体も常時稼働して会社のように働く――そんな状態に憧れて触り続けたけれど、全然そうならない。最近わかってきた、その違和感について。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>「AIエージェントが何体も動いて、会社みたいになっている」みたいな記事や投稿をたくさん読んで、「なにそれすごそう、かっこいい」と思っていました。自分もそういう状態を作りたくて、毎日AIを触り、いろんな業務に組み込んでみました。</p><p>でも、全然そうならない。AIの会社をやっているくせに全然使いこなせていないのかも…と悩んでいました。</p><p>もちろん、いろんなものは自動化されていきます。議事録は自動でまとまる。提案書も作れる。メールも送る。請求まわりも自動化される。日常業務のいろんな部分が、少しずつシステム化されていく。でも、画面の中でエージェントが何体も常時稼働して、会社みたいに働いている感じには全くならない。</p><p>最近、エージェントをぶん回す系の投稿を見て、わかってきたことがあります。</p><p>「AIエージェントが常に動いていてすごい」と見える状態は、もしかすると、業務がシステム化できないから全部丸投げして、それっぽく動くような状態を作っているだけなのかもしれない。本来なら固定できる判断軸や処理手順を、毎回LLMに考えさせている。だからトークンを大量に使うし、ずっとAIが働いているように見える。</p><p>僕は、AIに毎回仕事を振るのではなく、AIを使って業務をシステム化しています。入力はどこから来るのか、何を判定するのか、どこで分岐するのか、どこに保存するのか、次に何を起こすのか。それを決めて、業務フローの中にAIを組み込む。</p><p>そうすると、AIが働いている感はあまり出ません。働いているのは普通のプログラムで、AIはたまにしか登場しない。ただ、業務は自動化されていく。</p><p>エージェントぶん回し系は、AI活用が進んでいるというより、業務設計の不足をLLMの推論量で埋めているだけ、という側面があるのではないか。そこをブラックボックスにしてはいけないな、と思いました。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>マネジメントって、結局なんなんだろう</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/management-kekkyoku</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/management-kekkyoku</guid>
      <pubDate>Mon, 25 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「マネジメントって結局なんなんだろう」。最近かなり腹落ちした、その問いへの答えをnoteに書きました。目標管理に向き合う方への示唆になれば。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>「マネジメントって結局なんなんだろう」という問いに対して、最近かなり腹落ちした話を書きました。</p><p>目標管理に向き合っている方に、何かしらの示唆になれば嬉しいです。</p><p>全文は note にて。 <a href="https://note.com/katsura_koredou/n/nb3acffa2db34" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.com/katsura_koredou/n/nb3acffa2db34</a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>AIは筋のいい一般論を出す。問題は、それを現場の一言で更新できるか</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/ai-kasetsu-genba-update</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/ai-kasetsu-genba-update</guid>
      <pubDate>Thu, 21 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>スマホ対応すべきと考えていた僕に、経営者の方が投げかけた一言。AIは筋の通った一般論を高速で出すけれど、特定の現場で本当に何が起きるかは別。大事なのはAIか人間かではない。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>お世話になっている経営者の方と、いわゆる現場職・ノンデスクワーカーの方々はコレドウをどう活用できるか、という話をしました。</p><p>僕は最近、AIと壁打ちをしながら「やっぱりスマホ対応しないと、現場の方には使ってもらえないのではないか」と考えていました。それを話したところ、こう言われました。</p><p>「いやいや、スマホ化したからといって、現場の人が自分で目標を作るとは限らない。むしろ、管理する側が目標を作って、それを本人との合意形成に使うんじゃない？」</p><p>たしかに、と。課題は単に「入力デバイスをスマホにすること」ではない。誰が目標を作るのか、誰が本人と合意するのか、誰が進捗を見て、どのタイミングで声をかけるのか。そこまで含めた運用設計の話だったんだと気づきました。</p><p>帰り道にAIへ「君はスマホ化しろって言ってたけど、今日こう言われたんだけど、どう思う？」と聞いたら、「その方の言う方が現実に近いと思います。私は一般論として判断していました」という回答が返ってきました。</p><p>AIは大量の情報をもとに、それっぽく筋の通った答えを出してくれます。でも、特定の業界・特定の会社・特定の現場で本当に何が起きるのかまでは、よく分からない。</p><p>とはいえ、人間なら誰しも現場の解像度が高いのかというと、まったくそんなことはありません。むしろ、現場を見ていない人間よりは、AIのほうがよほど筋の良い仮説を出してくれる場面も多い。</p><p>なので、大事なのはAIか人間かではなく、その仮説を、現場の反応や詳しい人の一言でちゃんと更新できるかどうか。</p><p>AIに任せっぱなしにすると“それっぽい一般論”を高速に積み上げてしまうことがある。逆に、人間だけで考えても、思い込みや経験則に引っ張られてズレることもある。結局強いのは、AIを上手く使いこなしながら進む人なんだなと思いました。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>200社で唯一「評価に課題はない」と言い切った会社の、たった一つの共通点</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/200sha-1on1</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/200sha-1on1</guid>
      <pubDate>Thu, 14 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>200社以上に話を聞いてきて、「目標設定や評価に課題はない」と言い切った会社が一社だけありました。彼らに共通していたのは、徹底した1on1でした。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>これまで200社以上に、目標設定や評価について話を聞いてきました。そのなかで「うちは目標も評価も課題ないですよ」と言い切った会社は、たった一社だけでした。</p><p>最初は、よほど立派な評価制度を持っているんだろうと思っていました。でも聞いてみたら、全然違った。その会社がやっていたのは、制度をいじることじゃなくて、ただひたすら1on1を回すことだったんです。</p><h2 id="h4a22630934">なぜ「1on1」が評価運用の心臓なのか</h2><p>評価がうまくいかない会社の多くは、期初に目標を立てて、期末に評価する。その間の数ヶ月、目標の話をほとんどしません。だから期末になって「そういえば、何やってたっけ」となる。目標と評価がズレるのは、ある意味で当然なんですよね。</p><p>その一社は、ここが決定的に違いました。週1や隔週で、目標について手応えを返し続けている。「ここは良かった」「これはちょっと違う」を、その都度すり合わせる。すると評価の時期がきても、ズレようがない。評価が「最後に点数をつけるイベント」じゃなくて、「日々の対話の確認」になっているんです。</p><p>期中の対話さえ回っていれば、評価は自然と決まる。これが、200社見てきて僕がたどり着いた結論です。</p><h2 id="h3f283d18cc">でも、多くの1on1は「雑談」で終わる</h2><p>1on1をやっている会社自体は、実は珍しくありません。でも「やってはいるけど効いていない」ケースがほとんどです。原因はだいたい、1on1が目標とつながっていないこと。</p><p>近況を聞いて、雑談して、なんとなく終わる。関係づくりには意味があるけれど、評価運用の観点では機能していない。1on1が評価につながるかどうかは、「目標を題材にしているか」で決まると思っています。</p><h2 id="h222a394b90">評価につながる1on1にする、3つのこと</h2><p>特別なテクニックは要りません。その一社がやっていたことを分解すると、だいたいこの3つでした。</p><ul><li>毎回、目標をひらく：近況だけでなく、期初に立てた目標を実際に画面で開いて「今ここ」を一緒に確認する</li><li>手応えを返す：できている／ずれている、を曖昧にせず、その場で具体的に伝える</li><li>方向を調整する：うまくいっていなければ、目標ややり方を一緒に微修正する。期末まで放置しない</li></ul><p>この3つを回すだけで、目標は「立てて終わり」から「日々の指針」に変わっていきます。</p><h2 id="hc398e3af5f">制度より、対話の積み重ね</h2><p>立派な評価制度をつくることよりも、日々の対話を積み重ねるほうが、よほど目標と評価のズレを防ぐ。当たり前のようでいて、やり切れている会社はほとんどありません。だからこそ、あの一社の存在は、ずっと僕の頭に残っています。</p><p>評価を変えたいなら、まず1on1を「目標を題材にした対話」に変える。そこから始めるのが、いちばんの近道だと思っています。</p><p>※この記事は「評価運用」を定着させる設計の一部です。全体像は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>で書いています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>結局、制度より対話だった。評価が「イベント」になる前に</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/seido-yori-taiwa</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/seido-yori-taiwa</guid>
      <pubDate>Sun, 10 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>目標や評価はマネジメントの中心にあるはずなのに、制度に乗せた瞬間にイベント化する。結局、制度より対話だと気づかせてくれた企業の話をnoteにまとめました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>結局、制度よりも対話のほうがよっぽど大事だと思った話をまとめてみました。</p><p>目標や評価はマネジメントの中心にあるはずなのに、制度によって運営され、イベント化していること自体が、そもそもおかしいんじゃないか。</p><p>そこを上手く接合している企業に出会ったので、備忘も兼ねて書いています。</p><p>評価が「イベント化」してしまう構造と、それを日常に戻す方法は<a href="/blog/hyoka-event-ka">こちらの記事</a>で詳しく書いています。</p><p>全文は note にて。 <a href="https://note.com/katsura_koredou/n/naa12c7a579f5" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.com/katsura_koredou/n/naa12c7a579f5</a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>日常のマネジメントを、わざわざ評価フォーマットに翻訳し直していないか</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/kenshu-form-manager</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/kenshu-form-manager</guid>
      <pubDate>Thu, 07 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>事業部の部長層との商談で聞いた「制度に合わせる研修を受けるが、現場ではその通りにやるのが難しい」という話。評価を変えるより、日常と評価の“つなぎ方”を変える余地が大きい。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>ある日の商談は、久しぶりに人事部ではなく、事業部の部長層の方とのお話でした。せっかくなので、最近考えていることを聞いてみました。</p><p>「目標設定や振り返りって、本来は日常のマネジメントの中でやっていることだと思うんです。ただ、それを評価制度に乗せようとすると、フォーマットやルールが必要になる。結果として、現場では逆に運用が重くなってしまうことってあるんですかね？」</p><p>すると、かなり強く頷かれて、こう話してくださいました。</p><p>「まさにそうです。制度に合わせるための研修を受けるんですけど、現場ではその通りにやるのが難しいんですよね。結局、部下との会話は日々しているし、状況も見ている。でも評価のタイミングになると、それを別のフォーマットに落とし直さないといけない。そこに時間がかかるし、現場感も薄れてしまう。正直、そういうことじゃないんだよな、と思うことがあります」</p><p>この話を聞いて、やはり大事なのは、現場のマネジメントを制度の型に無理やり合わせることではなく、日常のマネジメントで行われていることを、そのまま評価に接続できる仕組みなのだと思いました。</p><p>目標設定も、振り返りも、1on1も、評価も、本来は別々のイベントではなく、同じマネジメントの流れの中にあるもの。でも制度に乗せようとした瞬間に、現場で自然にやっていたことが、急に「人事のための作業」になってしまう。</p><p>評価を変えるというより、日常のマネジメントと評価の“つなぎ方”を変える。このあたりに、まだまだ大きな改善余地があると思っています。</p><p>※この記事は「評価運用」を定着させる設計の一部です。全体像は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>で書いています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>質か量か、ではない。質が“量”を生み出すという話</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/shitsu-ka-ryo-ka</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/shitsu-ka-ryo-ka</guid>
      <pubDate>Sat, 02 May 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>量は大事。でも質なき量は事故る。質が見えてくると、会議も商談も雑談も、日常のすべてが練習に変わる――量が質を生むだけでなく、質が量を生む循環の話。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>息子とサッカーをしながら、組織づくりや人の成長について考えていて、やっぱり「質か量か」という二択ではないなと思いました。</p><p>量は大事です。でも、質なき量は普通に事故る。間違ったやり方を100回やっても、間違いがうまくなるだけだったりします。</p><p>一方で、質が見えてくると、今度は日常のあらゆるものが練習に変わります。会議も、商談も、雑談も、全部トレーニング素材になる。つまり、量が質を生むだけではなく、質が量を生む。この循環に入ると、人も組織もかなり伸びやすい。</p><p>育成やマネジメントって、気合いで量を積ませることでも、正解を教え込むことでもなくて、その人がハマれて、しかも日常が練習になる状態をどう作るか、なんじゃないかと思います。</p><p>この話は note にも書いてみました。 <a href="https://note.com/katsura_koredou/n/nfa8c2377e369" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.com/katsura_koredou/n/nfa8c2377e369</a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>評価が「年に2回の面倒なイベント」になってしまう、本当の理由</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/event-management-hyoka</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/event-management-hyoka</guid>
      <pubDate>Thu, 30 Apr 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>目標設定や振り返りは本来、日常のマネジメントで当たり前にやるべきこと。なのに評価制度に乗せた瞬間、年2回の面倒なイベントに変わってしまう。その乖離について考えました。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>目標設定や振り返りは、日常のマネジメントで当たり前にやるべきことのはずです。なのに、評価制度が作られた瞬間に、他人が作った年2回の面倒なイベントに変わってしまう。</p><p>日常のマネジメントと人事イベントを分け隔てるものは何か。それは、評価につなげやすくするためのフォーマットにあるのではないかと思っています。</p><p>「その目標はあなたの等級の人がやるべきものなのか」「できたかできていないかはどう測るのか」「他の人と書き方が違う」――給与反映に使うとなると当然出てくる論点ですが、日常のマネジメントをするうえでは些末な論点に時間を割かれることになります。だから、イベントとマネジメントが分かれてしまう。</p><p>つまり、「イベントとしての目標と評価」と「マネジメントとしての目標と評価」。この2つに乖離があるのだと思います。</p><p>これは制度設計の問題でも、マネージャーの怠慢でもなくて、同じ行動に求めている物事と求めている人が違うことによって生まれていると考えています。</p><p>一番もったいないのは、そのイベントのせいで目標や振り返りの価値を軽視するマネジメントが出てきて、本来やっていたこと・やるべきだったことをやらなくなったり、適当になったりすること。「目標や振り返りなんて意味ないでしょ、給与を決めるためのものだから」と。</p><p>評価がイベント化する仕組みと、それを日常に戻す具体的な方法は<a href="/blog/hyoka-event-ka">こちらの記事</a>で詳しくまとめています。</p><p>コレドウは、日常のマネジメントとイベントごとの評価制度をつなげていくことで、効果的なマネジメントと適切な評価制度を両立させることを目指しています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>「コレドウの目標は質が高い」を、6項目すべての有意差で確かめた</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/hinshitsu-score-yui-sa</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/hinshitsu-score-yui-sa</guid>
      <pubDate>Wed, 22 Apr 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>コレドウで作成した目標データと、使っていない目標データの差分を分析したところ、6項目すべてで品質スコアに有意差が出ました。直感的には「そりゃそう」でも、数字で出せると嬉しい。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>先日、とある企業における「コレドウで作成された目標データ」と「コレドウを使っていない目標データ」をいただき、差分を分析してみました。</p><p>すると、コレドウで目標を作った人たちは、使っていない人たちに比べて、目標の品質スコアが明確に高くなっていました。しかも、見ていた6項目すべてで有意差が出ました。</p><p>見ていた項目は次の6つです。</p><ul><li>目標の明確さ</li><li>達成基準の明確さ</li><li>手段・方法の具体性</li><li>目標・達成基準・手段の整合性</li><li>評価可能性・判定容易性</li><li>自己統制可能性</li></ul><p>直感的には「そりゃそうだろう」という感覚はありつつ、こういうものが数字で出せると素直に嬉しいです。</p><p>良い目標とは何か、という議論はどうしても主観的になりがちです。だからこそ、こうして複数の観点で定量的に差が見えると、目標設定の支援に意味があると確認できます。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>MBOしてまで、なぜこの事業をやるのか</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/naze-mbo-koredou</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/naze-mbo-koredou</guid>
      <pubDate>Sat, 18 Apr 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>「なんでMBOしてまでコレドウをやっているんですか？」と聞かれ、いろいろと言語化が進みました。100％お手製のnoteにまとめています。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>先日、「なんでMBOしてまでコレドウをやっているんですか？」というインタビューのような機会をいただき、いろいろと言語化が進みました。</p><p>100％お手製なので、やや読みづらいかもしれませんが、よければ読んでいただけると嬉しいです。</p><p>全文は note にまとめています。 <a href="https://note.com/katsura_koredou/n/nf45a211748d7" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.com/katsura_koredou/n/nf45a211748d7</a></p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>目標が立てられない会社の人は、毎日なにを目指して働いているのか</title>
      <link>https://koredou.jp/blog/mokuhyo-taterarenai</link>
      <guid isPermaLink="true">https://koredou.jp/blog/mokuhyo-taterarenai</guid>
      <pubDate>Wed, 15 Apr 2026 09:00:00 GMT</pubDate>
      <description>サービスの紹介をしていると「良い目標を作る以前に、目標自体を立てられない」と仰る方が一定数います。その状態で日々どう働いているのか――地味に怖い問いだと思っています。</description>
      <content:encoded><![CDATA[<p>サービスの紹介をしていると、「うちの会社はそもそも良い目標を作る前の段階で、目標自体を立てられないんですよね…」と仰る方が一定数います。</p><p>つまり、当社の従業員は何を目指すのかがわからない人が多いと。かと言って、上長から目標を落とされることもないと。</p><p>なるほど…。その状態で、普段何の仕事をしているんだろう、と考えさせられます。</p><p>目標を立てられないこと自体が悪いのではありません。問題は、何を目指すのかが曖昧なまま日々の業務が回ってしまうこと。目標が無くても目先の仕事は進むので、優先度が下がり、後回しにされていく。</p><p>だからこそ、目標は「立てて終わり」のイベントにするのではなく、日常のマネジメントの中で擦り合わせ続けるものにしていく必要があると考えています。</p><p>※この記事は「評価運用」を定着させる設計の一部です。全体像は<a href="/blog/hyoka-unyou">なぜ評価制度は「作っても回らない」のか</a>で書いています。</p>]]></content:encoded>
    </item>
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